知財実務の各局面において「形式より実質」を重視する判断を示した、最近の3件の韓国特許法院判決
韓国特許法院は近時、特許権利化手続及び特許侵害事件に関し、実務上注目される3件の判決を相次いで言い渡しました。
第1の判決は、同一の先行文献が引用された場合であっても、進歩性[i]判断における対比構成や論理構成が変更された場合には新たな拒絶理由に該当すると判断したものです。第2の判決は、国外電子商取引サイト上での製品広告について、韓国市場を対象としている場合には特許法上の「譲渡の申出」[ii]に該当すると判断したものです。さらに第3の判決は、共有特許権者が関与している場合であっても、その関与が名目的であって実質的に非共有特許権者である被告が製造販売を主導しているときには「共有者による自己実施」[iii]とは認められないと判断したものです。
これら3件の判決は、一見すると互いに異なる法的問題を扱うものですが、いずれも形式的な法律構成や外観のみではなく、当事者が実際に置かれている状況や取引の実態に着目して判断した点で共通しています。本稿では、これらの判決を「形式より実質」という観点から整理し、その実務的意義について考察します。
1.同一の先行文献であっても対比構成が変更された場合には新たな拒絶理由に該当するとした事例(特許法院2026.2.12.言渡し2025ホ10293)
(1)事案の概要
本件では、特許出願に対する進歩性欠如の拒絶理由が問題となりました。審査及び審判の過程を通じて同一の先行文献が引用されていましたが、後の審判段階では、特許審判院はその文献中の審査段階とは異なる記載部分や異なる技術的構成を根拠として進歩性欠如を認定し、新たに意見書提出や補正の機会を与えることなく拒絶審決を行いました。
これに対し出願人は、引用文献自体は同じであるものの、進歩性判断の基礎となる対比構成や論理構成が変更されている以上、新たな拒絶理由に該当し、改めて意見書提出や補正の機会が与えられるべきであると主張しました。
(2)特許法院の判断
韓国特許法院は、拒絶理由の同一性を判断する際には、単に引用文献が同じであるか否かのみを基準とすべきではないとしました。
特許法院は、出願人が実際に反論しなければならない技術的論理構成や対比対象が変更されている場合には、出願人にとって新たな拒絶理由と実質的に同じ意味を持つと指摘しました。
その結果、同一文献が引用されていたとしても、発明との対比に用いられる構成や論理構成が変更された場合には、新たな拒絶理由に該当すると判断しました。
(3)実務上の示唆
拒絶理由通知制度は、特許の出願人の防御権を保障する趣旨で、出願人に対し反論や補正の機会を与えるために設けられています。そのため、本質的な問題は、引用文献の数や名称ではなく、出願人が何に対して反論しなければならないかにあります。
本判決は、同じ文献が用いられているという形式的事実だけではなく、出願人が対処すべき技術的主張が変更されたかどうかという実質的観点を重視しました。これは、審査・審判手続における適正手続の保障を強化する方向性を示すものと評価できます。
日本の審査実務においても、拒絶理由通知制度の趣旨は出願人の防御権保障にあると理解されています。本判決は、韓国においても手続保障の実質化が重視されていることを示すものとして注目されます。
2.国外の電子商取引サイトを通じた特許侵害製品の広告行為が「譲渡の申出」に該当するとした事例(特許法院 2025.4.22.言渡し2023ナ10693)
(1)事案の概要
本件では、国外の電子商取引サイト上に掲載された特許侵害製品の広告が韓国特許法上の侵害行為に該当するかが争われました。
被告は、広告が国外サイトに掲載されている以上、韓国国内における譲渡の申出には該当しないと主張しました。
一方、権利者側は、当該広告が韓国から閲覧可能であり、韓国の需要者による購入を想定したものであることから、韓国国内に向けた販売誘引行為に当たると主張しました。
(2)特許法院の判断
韓国特許法院は、広告が掲載されたサイトの所在地やサーバー設置場所のみを基準として判断することは適切ではないとしました。
特許法院は、商品の販売対象地域、購入可能性、配送体制、広告内容等を総合的に考慮し、韓国国内の需要者に対する販売誘引行為と評価できる場合には、「譲渡の申出」に該当すると判断しました。
その結果、本件広告は韓国市場を対象としたものであり、韓国特許法上の侵害行為に当たると認定されました。
(3)実務上の示唆―属地主義の実質的適用
本判決は、特許法の基本原則である属地主義を、インターネット時代の取引実態に即して適用したものと位置付けることができます。
特許権は各国領域内においてのみ効力を有する権利ですが、オンライン取引においては広告掲載地、契約締結地、商品の発送地及び需要者所在地が異なることも珍しくありません。
本判決は、形式的なサーバー所在地等ではなく、実際にどの市場に向けて販売活動が行われているかを重視しました。すなわち、韓国市場への働き掛けが存在する以上、韓国国内における譲渡の申出として評価できるとしたものです。
日本企業にとっても、国外サイトへの商品掲載が韓国特許権侵害の問題につながる可能性があることを示しており、国際的な電子商取引を行う際には十分な注意が必要であると思われます。
3.共有特許権者による「自己実施」を否定し、被告主導の生産・販売と判断した事例(特許法院 2025.5.28言渡し,2023ナ11078)
(1)事案の概要
本件では、共有特許権者が関与する事業活動について、共有者自身による適法な実施なのか、それとも第三者による侵害行為なのかが争われました。
被告側は、共有特許権者が事業に参加している以上、共有者による自己実施として適法であると主張しました。
これに対し権利者側は、共有者の関与は名目的なものにすぎず、実際には、第三者(非共有者)である被告が製造販売を主導していると主張しました。
(2)特許法院の判断
韓国特許法院は、契約上の地位や名目的な役割分担のみを基準とするのではなく、事業運営の実態を総合的に検討しました。
その結果、製品の生産管理、営業活動、販売活動及び収益帰属等の観点から、実質的な事業主体は被告であると認定しました。
そして、共有特許権者による自己実施であるとの主張を退け、被告による侵害行為であると判断しました。
(3)実務上の示唆―共有特許権制度の実質的運用
本判決は、共有特許権制度の趣旨を実質的に捉えたものといえます。
共有者による自己実施が認められる趣旨は、各共有者が自らの事業のために特許発明を利用できるようにする点にあります。しかし、その制度を形式的に利用すれば、共有者を名目的に介在させることで第三者の事業活動を正当化することも可能となり得ます。
本判決は、そのような潜脱的利用を防止する観点から、実際に誰が事業を支配し、利益とリスクを負担しているのかを重視しました。
近年は共同研究やオープンイノベーションの拡大に伴い、共有特許権が利用される場面も増加しています。本判決は、共有特許権に基づく事業スキームについては、契約上の形式だけでなく実際の事業運営の実態が重要視されることを示したものとして評価できます。
4.日本の実務との比較
本稿で取り上げた3件の韓国特許法院判決にみられる「形式より実質」を重視する姿勢自体は、日本の知財実務と必ずしも異質なものではありません。日本の特許庁実務においても、拒絶理由通知制度は出願人の防御権保障を目的とするものと理解されており、インターネット上の取引に関する裁判例においても、取引の実態を踏まえて属地主義との調整が図られています。また、共同研究や共同事業をめぐる紛争においても、契約書上の形式だけでなく、実際の事業運営の状況が重視される傾向があります。
このように、今回の3件の判決が示した考え方は、日本実務においても基本的には共有されている法理の延長線上にあるものと理解できます。他方で、韓国特許法院は、手続保障、市場への働き掛け及び事業主体の認定といった実質的要素を判断理由の中で比較的明示的に位置付けており、その点に近時の韓国知財実務の特徴を見いだすことができるように思われます。
5.実務上の総括と今後の示唆
以上の3件の判決は、それぞれ権利化手続、オンライン取引及び共有特許権という異なる場面に関するものですが、その判断手法には一貫した共通点が認められます。すなわち、第1の判決では出願人が実際に反論・補正を行うべき内容に着目して防御権の保障が図られ、第2の判決ではウェブサイト等の形式ではなく韓国市場に対する現実の販売誘引が重視され、第3の判決では契約上の地位よりも実際の事業運営の実態に基づいて「自己実施」の成否が判断されています。
このように、韓国特許法院は近年、①手続上の形式、②オンライン取引の外形、③契約上又は組織上の名目的な関与といった形式的要素だけではなく、当事者が実際に受ける影響や市場に対する働き掛け、さらには実質的な事業主体が誰であるかという点を重視する傾向を示しているといえます。
したがって、日本企業が韓国において特許出願、電子商取引又は共同事業を行うに当たっては、法令や契約上の形式を整えることに加え、その運用実態や市場への影響が韓国の裁判所からどのように評価されるかという観点も踏まえて知財戦略を構築することが重要になるものと思われます。
[i] 特許要件としての進歩性について、韓国特許法第29条(特許要件)第2項において次のように規定されています。「②特許出願前にその発明が属する技術分野で通常の知識を有する者が第1項各号のいずれかに該当する発明により容易に発明することができれば、その発明に対しては第1項にかかわらず特許を受けることができない。」
[ii] 韓国特許法において「譲渡の申出」は、特許発明の「実施」行為の一類型として規定されています。現行韓国特許法では、第2条第3号(「実施」の定義)において、「物の発明については、その物を生産し、使用し、譲渡し、貸与し、輸入し、又は譲渡若しくは貸与の申出(譲渡又は貸与のための展示を含む。)をする行為」を「実施」と定義しています。したがって、特許権者の許諾なくこれらの行為を行えば、原則として特許権侵害となります。
[iii] 共有特許権者による「自己実施」について、韓国特許法第99条(特許権の移転及び共有)第3項に「特許権が共有である場合には、共有者間で別段の定めがない限り、各共有者は他の共有者の同意を得ずに自らその特許発明を実施することができる」と規定されています。特許法院判決2023ナ11078では、共有者の実施が第99条第3項の「共有者による自己実施」に本当に該当するのか、という点が問題となりました。
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[情報元]
1.Kim&Changニュースレター:「同一の先行文献」であっても「対比構成」が変更された場合には新たな拒絶理由に該当するとした事例(2026.05.27)
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=34743
2.Kim&Changニュースレター:海外プラットフォームを通じた製品の広告行為が「譲渡の申出」に該当するとした事例(2026.05.27)
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=34744
3.Kim&Changニュースレター:特許権共有者による「自己実施」を否定し、被告主導の生産・販売と判断した事例(2026.05.27)
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=34745

