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課題解決原理が同一である場合、確認対象発明の付随的効果のみでは均等論の適用を否定できないと判断した、韓国大法院判決

 韓国大法院は、均等侵害の成立要件である「課題解決原理の同一性」と「作用効果の実質的同一性」とは密接に関連して判断されるべきであるとした上で、その前提となる特許発明の技術思想の核心は、先行技術との対比を踏まえ、当該特許発明が独自に解決した技術課題とその解決手段に基づいて認定すべきであると判示しました。そして、確認対象発明が同一の課題解決原理を採用している以上、一般的な技術手段の採用に伴う付随的効果が認められることのみを理由として均等侵害を否定することはできないとして、均等侵害を否定した特許法院判決を破棄しました(大法院2026.1.29.宣告2022Hu10722判決)。

 

1.事件の背景

 本件特許発明は、人の顔面に装着するマスクに関しています。従来のマスク[i]は、

 (i)紐を結合する構造と紐の長さを調節する構造とが別個に設けられているため構造が複雑であること、および

 (ii)調節部材が装着者の耳の後方に接触するため、マスクの初期装着状態を安定して維持しにくいこと、という二つの問題点を有していました。

 本件特許発明[ii]は、これらの問題点を解消するため、マスク本体の中央カバー部の左右の上下端部から一体的に延長形成された四つの密着孔部と、各側の上・下の密着孔部の間に形成される紐引き離隔空間とを備えています。紐は密着孔を通過した後に紐引き離隔空間で露出するため、使用者は露出部分を引くだけで容易に紐の長さを調節することができます。この構成により、紐の結合構造と長さ調節構造とを一体化し、マスクの構造を簡素化するとともに、初期の装着状態を安定的に維持することを可能にしています。

 特許権者が請求した積極的権利範囲確認審判[iii]では、特許審判院によって、確認対象発明[iv]は特許発明と全体的な構成は実質的に同一であるものの、

 (i)密着孔部がマスク本体の後面ではなく前面(装着者の皮膚とは反対側の面)に結合されている点、および

 (ii)特許発明では上・下の密着孔部が完全に分離しているのに対し、確認対象発明では一部の切込みによって形成される連結部を介して互いに連結されている点、

が相違していることが認められました。

 

2.均等論および本件の争点

 韓国では、大法院判例により均等侵害の判断基準が形成されており、特許請求の範囲に記載された構成と一部相違していたとしても、

 (i)特許発明と確認対象発明の課題解決原理が同一であり、

 (ii)実質的に同一の作用効果を奏し、

 (iii)その変更が通常の技術者であれば容易に想到でき、

 (iv)意識的除外など均等を否定すべき特段の事情が存在しない

場合には、均等侵害が成立するとされています。

 本件では、「課題解決原理の同一性」の認定方法と、それを前提とする「作用効果の実質的同一性」の判断方法が争点となりました。具体的には、確認対象発明に認められる装着感の向上、製造工程の簡素化及び圧着部の形成といった効果が、均等関係を否定するほどの実質的な作用効果の相違に当たるか否かが問題となりました。

 

3.特許審判院および特許法院の判断

 特許審判院およびその控訴審である特許法院はともに、この先行発明を踏まえ、本件特許発明の技術思想の核心は先行技術との差異部分には認められないと判断しました。以下に、特許法院の判示内容について説明いたします。

 特許法院はまず、本件特許発明の技術思想の中心部分について、マスク本体に密着孔部と紐引き離隔空間とを形成して紐の結合構造と長さ調節構造とを一体化するという構成は、使い捨て防塵マスクに関する韓国登録特許第510164号[v]に既に開示されているか、これと実質的に同様の技術思想にすぎないと認定しました。特許法院は、この先行発明を、本件特許発明の技術思想の核心が既に公知であったことを示す主要な先行技術として位置付けました。

 その上で、特許発明に固有の技術思想が先行技術との差異として認められない以上、作用効果についても発明全体として比較するのではなく、均等が問題となる相違構成の機能や役割を個別に比較すべきであると判断しました。

 そして、確認対象発明の本件特許発明と相違する構成には、

 (i)密着孔部が装着者の皮膚に接触しないため装着感が向上すること、

 (ii)上下の密着孔部を連結したことにより一度に形成でき、製造工程が簡略化されること、

 (iii)切込みにより皮膚に接触することなく紐を圧着する機能を有する圧着部が自然に形成されること、

という三つの「付加的効果」が認められるとしました。

 特許法院は、確認対象発明は特許発明にはないこれらの付加的効果を有するため、両者は実質的に同一の作用効果を奏するものとはいえず、本件特許発明との均等関係は成立しないと判断しました。

 

4.大法院の判断

 これに対し、大法院は、原審は均等侵害の要件に関する法理を誤解した点で違法性があるとして、特許法院判決を破棄し、事件を差し戻しました。

 大法院は、まず、「作用効果の実質的同一性」の判断は、「課題解決原理の同一性」の判断と密接に関連することを改めて確認しました。すなわち、先行技術では解決されていなかった技術課題を、特許発明と確認対象発明が同一の技術思想によって解決しているのであれば、原則として両者は実質的に同一の作用効果を奏すると評価すべきであり、特許発明が解決した技術課題自体が先行技術によって既に解決されていた場合に限り、相違する構成要素の個別の機能や役割を比較して作用効果の実質的同一性を判断すべきであると判示しました。

 本件について大法院は、マスクの構造を簡素化するとともに初期の装着状態を安定して維持するという技術課題は、提出された先行技術のいずれによっても解決されていなかったと判断しました。先行発明には凹溝を利用して係止バンドの長さを調節する構成は開示されていましたが、密着孔部をマスク本体から一体的に延長形成することによって紐の結合構造と長さ調節構造を一体化するという本件特許発明の解決手段は開示されていませんでした。

 そのため、大法院は、本件特許発明に特有の技術思想を、「中央カバー部の左右の上下端部から一体的に延長形成された密着孔部に紐を通して結合することにより、紐の結合構造と長さ調節構造とを一体化する構成」にあると認定しました。

 さらに、大法院は、確認対象発明も同一の課題解決原理を採用しており、紐の結合構造と長さ調節構造とを統合することによってマスク構造を簡素化し、初期の装着状態を安定して維持するという同一の技術課題を解決していると判断しました。

 その上で、原審が認定した装着感の向上、製造工程の簡略化及び圧着部の形成という三つの効果については、いずれも一般的な設計変更等に伴って通常得られる程度の「付随的効果」にすぎないと評価しました。本件で特許法院がいう「付加的効果」とは、確認対象発明が本件発明に比べて追加的に奏する優れた効果を意味します。一方、大法院がいう「付随的効果」とは、確認対象発明に生じる効果のうち、課題解決原理の相違に基づく本質的な効果ではなく、その構成の違いに伴って付随的に生じる効果を意味しており、「付加的効果」とは異なる概念です。大法院は、このような付随的効果が認められることのみを理由として、特許発明と確認対象発明との間に実質的な作用効果の相違があるとはいえず、均等論の適用を否定することはできないと結論付けました。

 

5.本件大法院判決の意義

 本判決は、韓国における均等侵害の判断基準を変更したものではなく、従来の大法院判例が示してきた法理の適用方法を明確にした判決と位置付けられます。

 特に、「課題解決原理の同一性」と「作用効果の実質的同一性」との関係を整理し、先行技術では解決されていなかった技術課題を特許発明と確認対象発明が同一の技術思想によって解決している場合には、原則として作用効果も実質的に同一と評価される方向で判断すべきであることを改めて明確にした点に実務上の意義があります。

 また、確認対象発明に特許発明にはない付加的効果が認められる場合であっても、それが一般的な技術手段の採用に伴って通常得られる付随的効果にとどまる限り、そのことだけを理由として均等関係を否定することはできないことを明確に示した点も重要です。

 今後の韓国における均等侵害事件では、相違構成に付加的効果が認められるか否かのみを個別に比較するのではなく、まず特許発明が先行技術に対してどのような技術課題を解決したのか、その課題解決原理の核心は何かを認定した上で、確認対象発明が同一の技術思想に基づいてその課題を解決しているかという観点から「作用効果の実質的同一性」を判断することが、より重要になるものと考えられます。

 本判決は、相違点から生じる追加的な効果のみを切り離して比較するのではなく、特許発明全体の技術思想と課題解決原理を起点として均等侵害を判断すべきことを改めて示した判決として位置付けられます。

 

[i] 「従来のマスク」については、「情報元2」の「事実関係」の項目の最初に示された「本件特許の図7」とそれに関する説明をご参照下さい。

 

[ii] 「本件特許発明」については、「情報元2」の「事実関係」の項目に示された「本件特許の図1」およびそれに関する説明をご参照下さい。

 

[iii] 積極的権利範囲確認審判とは、韓国特許法上、確認対象発明が特許権の権利範囲に「属する」ことの確認を求める審判をいいます。これに対し、「属しない」ことの確認を求めるものは消極的権利範囲確認審判と呼ばれます。日本の判定制度に類似する制度ですが、日本の判定制度では判定結果に対しては、行政不服審査や審決取消訴訟のような不服申立てはできないのに対して、韓国の権利範囲確認審判では審決について特許法院及び大法院による司法審査を受ける点が異なります。

 

[iv] 「確認対象発明」については、「情報元2」の「事実関係」の項に示された確認対象発明の写真と、それに関する説明をご参照下さい。

 

[v] 韓国登録特許第510164号に開示された先行発明については、「情報元2」の「事実関係」の項に示された「先行発明2」の図と、それに関する説明をご参照下さい。

 

[担当]深見特許事務所  野田 久登

 

[情報元]

1.FIRSTLAW IP NEWS Issue No.2026-02(June 2026)「韓国大法院、課題解決原理が同一である場合、確認対象発明の付随的効果のみでは均等論の適用を否定できないと判断」

              https://firstlaw.co.kr/jp/sub/insights/board_view.asp?board_idx=13&b_idx=404

 

2.ジェトロソウル事務所 知財判例データベース「特許発明と確認対象発明における課題解決原理及び作用効果が同一であるとして、均等侵害を認めた事例」

              https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2026/_562529.html