国際貿易委員会の事実認定に対する控訴審の審理の限界を改めて確認し、証拠の再評価は許されないと判示した、米国連邦巡回控訴裁判所判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は2026年5月11日、国際貿易委員会(ITC)の337条調査[i]における事実認定を全面的に支持する判決を下し、控訴審は第一次判断機関(本件ではITC)による証拠評価や専門家証言の信用性判断を再評価すべきではないとの原則を改めて確認しました。本判決は、「控訴審における敬譲(appellate deference)[ii]の限界を再確認した事例」と位置付けられます。
Bissell, Inc. v. ITC, Case No. 24-1509 (Fed. Cir. May 11, 2026)
1.事案の概要
(1)当事者及び本件対象特許の概要
本件は、Bissell, Inc.等(以下総称して「Bissell社」)が、「Tineco Intelligent Technology Co., Ltd.等(以下総称して「Tineco社」)の湿式・乾式床面洗浄機(wet dry surface cleaning devices)の輸入販売が、Bissell社の特許である米国特許第11,076,735号(以下「’735特許」)および第11,071,428号(以下「’428特許」)を侵害する」として、米国関税法337条に基づきITCに調査を申し立てた事案です。審理の途中でTineco社は、対象製品を設計変更(redesign)した新しい製品を市場に投入しました。
本件CAFC判決中において、本件対象特許の代表的なクレームとして’735特許のクレーム1が示されており、このクレームに記載の発明の要点は、床面洗浄機において、セルフクリーニングボタンの操作により、ポンプ、ブラシロールモーター及び吸引モーターを作動させて自動洗浄サイクルを実行する構成を備え、当該自動洗浄サイクルを実行する間は充電回路を無効化し、その状態を洗浄サイクル中維持する点にあります。
(2)ITCの判断
ITCの行政法判事(ALJ)[iii]は、当初の製品については特許侵害を認定した一方、設計変更品については、均等論を適用したとしても、クレームが要求する「自動洗浄サイクル中、充電回路が無効化された状態が維持される」との要件を充足しないとして、非侵害と判断しました。
ITCはこの判断を採用し、侵害が認められた当初製品のみを対象とする限定排除命令(limited exclusion order)[iv]を発令しました。これに対し、Bissell社は設計変更品の非侵害認定を不服として控訴し、他方、Tineco社は、Bissell社の国内産業(domestic industry)要件[v]の充足等について交差控訴[vi]を提起しました。
2.CAFCの判断
(1)設計変更品の非侵害認定について
Bissell社は、「ALJが『充電回路が自動洗浄サイクル中に無効状態を維持する』とのクレーム要件について、従前と異なるクレーム解釈を暗黙裡に採用した」と主張しました。
しかしCAFCは、「ALJは新たなクレーム解釈を示したのではなく、単にクレーム文言の通常の意味を前提として、専門家証言や技術証拠を評価した結果、設計変更品は当該要件を充足しないと認定したにすぎない」と判示しました。その結果CAFCは、「Bissell社の主張は、実質的には事実認定や証拠評価への不満を『クレーム解釈の誤り』という法的問題に置き換えているだけであり、実質的証拠(substantial evidence)[vii]によって裏付けられたITCの認定を覆す理由にはならない」と判断しました。
(2)均等論について
Bissell社はさらに、「ALJが均等論(doctrine of equivalents)の判断において法的誤りを犯した」と主張しましたが、CAFCはこれも退けて、「ALJは、双方の専門家証言を比較検討した上で、Bissell社側専門家の『設計変更後の動作は実質的に同じである』との見解を採用しなかっただけであり、その主張を採用しなかったALJの判断は実質的証拠に裏付けられている」と判示しました。したがって、ここでも控訴審が証拠を再評価することは許されないと指摘されました。
(3)国内産業要件について
一方、Tineco社は交差控訴において、Bissell社の専門家が証拠として正式に提出されていないソースコードを参照して意見を述べている以上、その証言に依拠して国内産業要件を認定したことは誤りであると主張しました。
これに対しCAFCは、専門家は審理過程で閲覧した技術資料を基礎として意見を形成することができる上、当該専門家は具体的な技術分析を示しており、単なる結論の羅列ではないと指摘しました。また、Tineco社は審理段階において当該分析に対する十分な反対尋問や反証を行っていなかったことも踏まえ、ALJによる国内産業要件の認定は実質的証拠に支えられているとして維持しました。
3.本件判決の実務上の意義
本判決は、ITC事件において、ALJによる専門家証言の信用性判断や技術的事実認定に対してCAFCが強い敬譲を示す姿勢を改めて明確にしたものと言えます。特に、当事者が事実認定への不服を「クレーム解釈の誤り」や「均等論の法的誤り」として構成し直しても、その実質が証拠評価の争いにとどまる限り、敬譲の範囲内であって、控訴審による介入は認められないことが示された点は重要です。
また、本判決は、ITCの337条調査では、第一審段階において専門家証言や技術資料を十分に提出し、相手方専門家に対する効果的な反対尋問を行うことが極めて重要であり、その段階で形成された事実認定を控訴審で覆すことは容易でないことを改めて示した判決として、今後のITC実務にも示唆を与えるものと考えられます。
この判決は、単なる「設計変更品が非侵害とされた事例」ではなく、「CAFCがITCの事実認定にどこまで尊重するか」という控訴審の審査範囲を示したという、実務上の意義を有します。
4.日本の知的財産実務との比較
米国においては、ITCでの侵害事件の結論に対するCAFCでの控訴審は行政機関に対する司法審査であり、日本の知財高裁における侵害事件の控訴審は裁判所間の続審制による審理である点で、ITC事件を論じる場合の制度的背景は相違しています。しかしながら、本判決が示した「控訴審は第一次判断機関による専門家証言の信用性判断や技術的事実認定を安易に再評価すべきではない」との考え方は、日本の知財訴訟実務における、原審が形成した技術的心証を控訴審が安易に変更することには慎重であるという運用と共通する側面があります。言い換えれば、日米の両方において、第一次判断主体が形成した専門的・技術的な心証に対し、上級審は合理的理由なく安易に介入しないという、運用上の傾向が共通しています。
もっとも、米国では行政機関の判断に対する司法審査において、「合理的な判断者が当該結論を支持し得るだけの証拠が存在するか」を問う「実質的証拠」基準が適用され、裁判所は自ら証拠を再評価してより妥当と思われる結論を選択するのではなく、行政機関の判断に合理的根拠が存在するかを審査するにとどまります。それに対して日本では、続審制の下で控訴審が事実認定権限自体は保持している点で相違しています。
[i] 337条調査(Section 337 investigation)とは、米国への輸入における知的財産権の侵害などの不公正な行為を差し止め、それらの物品の米国への輸入を禁止または排除するための法的措置を定めた米国関税法第337条に基づき、ITCが行う不公正な輸入に関する調査のことを意味します。
[ii] 「控訴審における(原審判断への)敬譲(Appellate deference)」とは、「控訴審において、原審の事実認定を尊重し、証拠の再評価には慎重であること」を意味します。
[iii] 米国の行政法判事(Administrative Law Judge)とは、連邦行政機関において実施される聴聞(ヒアリング)を主宰し、行政処分や規則違反などに関する事実認定と初期判断を下す準司法的な独立機関の官吏を指します。
[iv] 限定排除命令(Limited Exclusion Order)とは、ITCが337条調査において特許権侵害等を認定した場合に、特定の被申立人による侵害品の米国への輸入を禁止する命令を言います。ITCの排除命令には、主に、調査対象となった特定の被申立人の製品のみを対象とする限定排除命令と、被申立人に限らず、同種の侵害品全般の輸入を禁止する一般排除命令との2種類があり、本件でのITCの命令は前者に該当します。
[v] 国内産業要件(domestic industry requirement)とは、337条調査において申立人が満たすべき要件であり、特許発明を実施する製品等が存在すること(技術的要件)に加え、その製品等について米国内で相当な投資や研究開発等が行われていること(経済的要件)を求めるものです。
[vi] 交差控訴(cross-appeal)とは、一方当事者が控訴した場合に、相手方である被控訴人も、原判決・原審決の自己に不利な部分について変更を求めて提起する控訴を言い、第一審で被告が原告に対して独自の請求をすること意味する「反訴(counter-appeale)」とは異なります。
[vii] 「実質的な証拠」とは、米国の法律や行政手続において、ある主張や事実を認定する際に要求される証明の基準であり、結論を裏付けるのに十分であると合理的な判断で受け入れられる重要な証拠のことを意味します 。
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[情報元]
1. IP UPDATE(McDermott)”Appellate deference: Reinforcing limits on reweighing evidence”
https://www.ipupdate.com/2026/05/appellate-deference-reinforcing-limits-on-reweighing-evidence/
2. Bissell, Inc. v. ITC, Case No. 24-1509 (Fed. Cir. May 11, 2026) 事件CAFC判決原文
https://cases.justia.com/federal/appellate-courts/cafc/24-1509/24-1509-2026-05-11.pdf?ts=1778510042

