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コンピュータ実装発明の進歩性判断手法についてEPOのCOMVIKアプローチを明示的に支持したUPC控訴裁判所判決

 統一特許裁判所(UPC)の控訴裁判所は、最近のAbbott v Sinocare事件控訴審判決において、コンピュータ実装発明の進歩性の判断手法について以前から待望されていた明確な指針を示しました。当該判決においてUPC控訴裁判所は、混合型のコンピュータ実装発明(技術的特徴および非技術的特徴を併せ持つ発明)に対する欧州特許庁(EPO)の長年の進歩性判断手法である「COMVIKアプローチ」を明示的に支持しました。

 本件控訴審では、コンピュータ実装発明の進歩性判断、特許侵害行為の差止の是非、訴訟費用の負担など、多岐に渡る論点が争われましたが、本稿では特に混合型のコンピュータ実装発明の進歩性判断手法について重要な判断が示されたことからこの争点に絞って説明することといたします。

Abbott Diabetes Care Inc v Sinocare Inc and A Menarini Diagnostics srl(17 April 2026:UPC_CoA_901/2025)

 

1.事件の経緯

(1)本件特許の成立

 Abbott Diabetes Care Inc.(以下、「Abbott社」)は、生体データを処理しかつユーザーが入力ボタンを操作した際にタイムライングラフ画面を表示するように構成された、持続的グルコースモニタリングシステムに関する欧州特許第3,988,471号(以下、「本件特許」)の特許権者であり、本件特許は2023年7月26日にEPOにより特許付与の公告がなされました。その後、2023年7月31日に本件特許は単一効特許の登録がなされ、登録の時点でのUPCの全締約国で単一効を有することとなりました。

 本件特許に対してその後、DexCom Inc.によってEPO異議部に異議申立がなされ、当該異議申立は後に取り下げられましたが、EPO異議部は職権で審理を継続しました。最終的にEPO異議部は、口頭審理で補正されたクレームで本件特許を維持する決定を下し、この決定は確定しました。

(2)侵害訴訟の提起

 2025年6月27日にAbbott社は、Sinocare Inc.およびA. Menarini Diagnostics s.r.l.(以下、「Sinocare社等」と総称)が欧州で製造・販売する製品“GlucoMen iCan”が本件特許を侵害していると主張して、UPCのハーグ地方部に対し、仮差止命令およびその他の暫定措置を求める申立を行いました。

(3)ハーグ地方部の判断

 ハーグ地方部は2025年10月22日付の決定において、Abbott社の申立は緊急性の要件を満たしてはいるものの“GlucoMen iCan”には本件特許の独立クレーム1および14で求められている特徴が含まれてはいないと判断し、したがって本件特許の侵害は存在しない可能性が高いと結論付けました。ハーグ地方部はこの判断を踏まえて、Sinocare社等が主張した有効性に関する争点やその他の争点について検討することなく、命令においてAbbott社の申立を却下するとともに、Abbott社に対してSinocare社等が負担した訴訟費用を負担すること、および費用に関する暫定的な裁定として40万ユーロをSinocare社等に支払うことを命じました。

(4)控訴裁判所への控訴

 Abbott社はこの命令を不服として、2025年11月6日にUPC控訴裁判所に控訴しました。一方、Sinocare社等は、当該申立が緊急性の要件を満たしていると認定したハーグ地方部の決定を不服としてUPC控訴裁判所に交差控訴を行いました。

(5)控訴裁判所の判決

 2026年4月17日に、控訴裁判所は、第一審のハーグ地方部の決定を破棄し、控訴人であるAbbott社が求めていた仮差止命令を認めました。すなわち、被控訴人であるSinocare社等に対し、UPC加盟国において、本件特許のクレーム1および14に対する間接侵害を直ちに停止するよう命じました。また、第一審の命令に基づいて控訴人が被控訴人に支払った全費用の返還を命じるとともに、第一審および控訴審にかかる訴訟費用・経費を被控訴人が負担すること、および中間費用として11,000ユーロを控訴人に支払うことを命じました。被控訴人による交差控訴は不適法として却下されました。

 このように控訴審では、本件特許の有効性が認められるとともに被控訴人の製品(GlucoMen iCan)による本件特許の間接侵害の蓋然性が高いことが認定され、製品の販売等に対する差止請求が認められたという、控訴人側の主張が概ね認められた結論になりました。

 

2.本件特許発明の概要について

 本件特許の独立クレーム1は、グルコースモニタリングシステムに関するものであり、独立クレーム14は、グルコースモニタリング方法に関するものです。以下に、本件特許を代表する独立クレーム1の概要について説明いたします(方法の独立クレーム14も特徴部分はクレーム1と共通です)。なお、独立クレーム1の全文および弊所仮訳は文末脚注をご参照ください(特に進歩性の争点となった最終段落の記載については下線・太字で示しています。)[i]

 本件発明のクレーム1のグルコースモニタリングシステムは、グルコースセンサ、送信機ユニット、および受信機ユニットを備えます。受信機ユニットは、少なくともホーム画面、アラート画面、およびタイムライングラフ画面を含む複数の表示画面を表示するように構成されたディスプレイを備えたユーザインターフェースを備えます。

 クレーム1のホーム画面は、同時に表示される複数のパネルに分割されています。ホーム画面の第1パネルには、モニタリングされたグルコースレベルが表示され、第2パネルには、現在のグルコースレベルのアイコンおよびグルコース推移インジケーターが表示され、第3パネルには、受信機ユニットの複数の構成要素のステータス情報(例えば、無線接続の可否や受信機ユニットのバッテリー残量など)が表示されます。さらに、ホーム画面には、少なくとも1つのソフトキーラベルが設けられています。本ソフトキーラベルは、対応する入力ボタンがユーザーによって操作されたとき、またはソフトキーラベルに対応するディスプレイの感応領域がタッチされたときに生じる動作を決定します。

 

3.COMVIKアプローチの解説

 今回のUPC控訴審判決の説明の前に、その前提となったEPOで採用されている「COMVIKアプローチ」について概略を説明いたします。

 この「COMVIKアプローチ」は、EPO審判部による決定(T641/00)[ii]で確立され、後に拡大審判部による決定(G1/19)[iii]で追認されたアプローチです。COMVIKアプローチの枠組みは、コンピュータ実装発明の分野において技術的特徴および非技術的特徴の双方を含む混合型のクレーム発明の進歩性を判断する際の基準となるものです。

 COMVIKアプローチのこの枠組みの下では、クレームに技術的要素および非技術的要素が混在することは何ら問題ありません。これは、ソフトウェア関連やデジタル関連の発明においてはごく一般的なことです。しかし、欧州特許条約(EPC)に基づき進歩性が認められるためには、技術的課題に対する「非自明な技術的解決策」が存在しなければなりません

 重要な点として、進歩性を判断する際、審査官や裁判官は、発明の技術的特徴に寄与するすべての構成要素を評価する必要があります。これには、単独で見れば非技術的とみなされる可能性のある構成要素(情報の提示、数学的方法、ビジネスルールなど)も含まれますが、それらがクレームの他の部分と相互作用し、技術的目的を果たす技術的効果を生み出す場合には評価の対象となります。逆に、非技術的課題のみを解決する特徴は、進歩性を裏付ける根拠とはなり得ません。

 

4.UPC控訴裁判所の判断

(1)控訴裁判所の基本的立場

 第一審のハーグ地方部は当初、本件特許は侵害されていない可能性が高いと結論付け、進歩性の問題については判断を避けていました。これに対し、控訴裁判所はこの問題に初めて取り組み、その機会を捉えて、UPCにおいてCOMVIKアプローチを採用することを明確にしました。控訴審判決の要旨(Headnote 1)において、控訴裁判所は次のように述べました。

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 クレームの構成要素が、単に非技術的な構成要素である(すなわち、それ単独ではEPC第52条(2)項に基づく「発明に該当しないもの」とみなされる構成要素である)という理由だけで、進歩性の判断から除外されるべきではありません。それ自体は非技術的な構成要素であっても、他のクレーム構成要素との相互作用を通じて、クレームされた発明全体の技術的性質に寄与し得るからです。したがって、クレーム構成要素間の相互関係および機能については、それらを総合的に評価する必要があります。

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(2)本件訴訟への適用

 この判断基準を本件に適用した結果、UPC控訴裁判所は、争点となったタイムライングラフの構成要素を技術的手段であると認定しました。より具体的に、被控訴人であるSinocare社等は、グラフ上のイベントデータアイコンに関する特徴である「タイムライングラフにイベントデータアイコンが含まれること、およびユーザーがそのアイコンを選択することでイベントの詳細を表示できる機能」(文末脚注のクレーム1の最終段落の下線・太字の部分を参照)は「非技術的」な特徴であり、進歩性の評価から除外されるべきであると主張しました。

 しかし控訴裁判所は、イベントをアイコンに変換してグルコースレベルと同時にグラフ化し、ユーザーが容易に詳細情報へアクセスできるようにする仕組みは、特定の事象がグルコースレベルにどのような影響を与えたかをユーザーが把握できるようにすることで、ユーザとシステムの相互作用を向上させてユーザーの糖尿病管理の支援を向上させるという技術的効果をもたらす技術的手段であると判断し、進歩性の評価に含めるべきだと結論付けました。

 Sinocare社等は、表示に基づいてどのような行動をとるかを決定することはユーザーによる精神的かつ非技術的な行為であると主張しました。しかしながら控訴裁判所は、システムが出力した内容に基づいてユーザーが最終的に認知的判断を下すという事実によって、当該表示構成要素の技術的性質が失われるわけではないと判示しました。なぜなら、システムは技術的手段およびユーザーとの相互作用を通じて当該表示を生成しているからです。

 被控訴人は、これらの特徴が進歩性の評価に含まれるとしても先行技術から容易に推考できると主張しましたが、裁判所は先行技術の中にイベントデータアイコンやソフトキーラベルを適用するための動機付けがないと判断し、クレーム1の進歩性を認めました。

 

5.実務上の留意事項

 UPCがEPOのアプローチを明示的に採用したことは、欧州の特許情勢における法的安定性にとって大きな前進と言えます。

 UPCでの訴訟においても「COMVIKアプローチ」が適用されることが確認されたことで、訴訟当事者は、EPO審判部が20年以上にわたって蓄積してきた膨大な判例法理を依拠できる道が開かれました。ソフトウェア、人工知能(AI)、およびデジタルヘルス分野のイノベーターにとって、この判決は極めて心強いものです。これは、EPOにおいてコンピュータ実装発明の明細書作成や権利化のために用いられてきた馴染み深い戦略が、UPCにおける強固かつ予測可能な権利行使戦略へと円滑に移行できることを裏付けるものであることに注目すべきです。

 日本企業としては、欧州出願の段階から、非技術的特徴であっても発明全体の技術的性質への寄与や技術的効果を明細書中で十分に説明するとともに、そのような技術的効果を意識したクレームを作成することが、将来UPCで権利行使を行う際にも重要になると考えられます。

 

[i] Claim 1

A glucose monitoring system, comprising:

a glucose sensor (101) configured to be positioned at least in part in contact with interstitial fluid in a body of a user;

a transmitter unit (102) configured to process data indicative of a plurality of monitored glucose levels from the glucose sensor (101); and

a receiver unit (104, 200) comprising a processor, and a user interface having a display (210) and a plurality of actuators, wherein the receiver unit (104, 200) is configured to receive the processed data from the transmitter unit (102), wherein the display (210) is configured to render a plurality of display screens, including at least a home screen (300, 390), an alert screen (1900, 2000, 2100), and a timeline graph screen (400),

wherein the home screen (300, 390) is divided into a plurality of simultaneously displayed panels, wherein a first panel (302, 303) of the plurality of panels is configured to display the plurality of monitored glucose levels, wherein a second panel (320, 360) of the plurality of panels is configured to simultaneously display a current glucose level icon (322) and a glucose trend indicator (324), and wherein a third panel (370) of the plurality of panels is configured to display status information (330, 332, 334, 336) of a plurality of components of the receiver unit (104, 200); wherein the home screen (300, 390) comprises a softkey label (342),

wherein the processor is configured to detect an alarm condition in response to the current glucose level being outside predetermined threshold levels,

wherein the display (210) is configured to render the alert screen (1900) on the display (210) when the alarm condition is detected, the alert screen (1900) having information (1920) corresponding to the detected alarm condition,

wherein the display (210) is further configured to affect a further output of the glucose monitoring system corresponding to the detected alarm condition in response to user actuation of at least one of the plurality of actuators of the receiver unit (104, 200) to acknowledge the displayed alert screen (1900), wherein the user actuation of the at least one actuator comprises actuating an input button that corresponds to a softkey label on the alert screen or touching a touch sensitive area of the display that corresponds to a softkey label on the alert screen, and wherein the further output comprises returning to the home screen (300, 390) on the display (210);

wherein the processor is configured to cause the display (210) to render the plurality of display screens;

wherein the display (210) is configured to display the current glucose level icon (322) of the second panel (320, 360) of the home screen (300, 390) in a colour coded format based on whether the current glucose level is within or outside the predetermined threshold levels,

and wherein in response to the user actuating an input button that corresponds to the softkey label (342) on the home screen (300, 390) or touching a sensitive area of the display (210) that corresponds to the softkey label (342) on the home screen (300, 390), the display (210) is configured to render the timeline graph screen (400) on the display (210), wherein the timeline graph screen (400) comprises a timeline graph comprising the plurality of monitored glucose levels, wherein the timeline graph comprises a lower glucose target indicator (312) and upper glucose level target indicator (314) that can be changed by the user, wherein the timeline graph includes event data icons (318), and wherein, in response to user selection of a particular even data icon (318) by using an input button or touching the event data icon on the display (210), the display (210) is configured to display details of the selected event.

 

クレーム1

 グルコースモニタリングシステムであって、

 少なくとも一部がユーザの体内の組織間液と接触するように配置されるように構成されたグルコースセンサ(101)と、

 前記グルコースセンサ(101)からの複数のモニタリングされたグルコースレベルを示すデータを処理するように構成された送信機ユニット(102)と、

 プロセッサと、ディスプレイ(210)および複数のアクチュエータを有するユーザインターフェースとを含む受信機ユニット(104、200)とを備え、前記受信機ユニット(104、200)は、前記送信機ユニット(102)から処理済みデータを受信するように構成され、前記ディスプレイ(210)は、少なくともホーム画面(300、390)、アラート画面(1900、2000、2100)、およびタイムライングラフ画面(400)を含む複数の表示画面を表示するように構成され、

 前記ホーム画面(300、390)は、同時に表示される複数のパネルに分割され、前記複数のパネルのうちの第1のパネル(302、303)は、前記複数のモニタリングされたグルコースレベルを表示するように構成され、前記複数のパネルのうちの第2のパネル(320、360)は、現在のグルコースレベルのアイコン(322)およびグルコース推移インジケータ(324)を同時に表示するように構成され、かつ前記複数のパネルのうちの第3のパネル(370)は、前記受信機ユニット(104、200)の複数の構成要素のステータス情報(330、332、334、336)を表示するように構成され、前記ホーム画面(300、390)はソフトキーラベル(342)を含み、

 前記プロセッサは、前記現在のグルコースレベルが所定の閾値レベルの範囲外にあることに応じてアラーム状態を検出するように構成され、

 前記ディスプレイ(210)は、前記アラーム状態が検出されたときに前記ディスプレイ(210)上に前記アラート画面(1900)を表示するように構成され、前記アラート画面(1900)は、前記検出されたアラーム状態に対応する情報(1920)を有し、

 前記ディスプレイ(210)はさらに、前記表示されたアラート画面(1900)を承認するために前記受信機ユニット(104、200)の前記複数のアクチュエータのうちの少なくとも1つに対するユーザ操作に応答して、前記検出されたアラーム状態に対応する前記グルコースモニタリングシステムのさらなる出力に作用するように構成され、前記少なくとも1つのアクチュエータに対する前記ユーザ操作は、前記アラート画面上のソフトキーラベルに対応する入力ボタンを操作すること、または前記アラート画面上のソフトキーラベルに対応する前記ディスプレイのタッチ感応領域にタッチすることを含み、かつ、前記さらなる出力は、前記ディスプレイ(210)上の前記ホーム画面(300、390)に戻ることを含み、

 前記プロセッサは、前記ディスプレイ(210)に前記複数の表示画面を表示させるように構成され、

 前記ディスプレイ(210)は、前記ホーム画面(300、390)の前記第2のパネル(320、360)における前記現在のグルコースレベルのアイコン(322)を、前記現在のグルコースレベルが前記所定の閾値レベルの範囲内にあるか範囲外にあるかに基づいて色分けされた形式で表示するように構成されており、

 前記ホーム画面(300、390)上の前記ソフトキーラベル(342)に対応する入力ボタンをユーザーが操作すること、または前記ホーム画面(300、390)上の前記ソフトキーラベル(342)に対応する前記ディスプレイ(210)の感応領域をユーザーがタッチすることに応答して、前記ディスプレイ(210)は前記タイムライングラフ画面(400)を前記ディスプレイ(210)上に表示するように構成されており、前記タイムライングラフ画面(400)は、前記モニタリングされた複数のグルコースレベルを含むタイムライングラフを備え、当該タイムライングラフは、ユーザーによって変更可能なグルコース目標下限インジケータ(312)およびグルコース目標上限インジケータ(314)を備え、前記タイムライングラフはイベントデータアイコン(318)を含み、かつ、入力ボタンを使用すること、または前記ディスプレイ(210)上の前記イベントデータアイコンをタッチすることによる特定のイベントデータアイコン(318)のユーザー選択に応答して、前記ディスプレイ(210)は、選択されたイベントの詳細を表示するように構成されている

 

[ii] https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t000641ep1

 

[iii] https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/g190001ex1

 

[担当]深見特許事務所  堀井 豊

 

[情報元]

     1. D Young & Co Patent Newsletter No.113 June 2026:

“Computer-implemented inventions: UPC Court of Appeal endorses COMVIK approach”

https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/upc-court-of-appeal-comvik

     2. Abbott v Sinocare事件の本件控訴審判決・原文

https://www.unifiedpatentcourt.org/sites/default/files/files/api_order/Order%20901-2025%20(Abbott%20v%20Sinocare%20et%20al.)%20(1)_signed.pdf