国・地域別IP情報

侵害訴訟と並行するIPR開始の裁量的却下に関する決定(米国内製造活動等の考慮事項を含む)

 米国特許庁長官(USPTO長官)は、特許権者によるIPR開始の裁量的却下の請求に対し、過去に示した覚書(Memorandum、Fintiv要素、Soteraの合意等、2025.03.24)および本年発行された覚書(米国内製造に関する、2026.03.11)に基づき、裁量的却下の請求の却下の決定(裁量によるIPRの却下を行わないとする決定)を下しました(2026.6.15)。

Tesla, Inc. v. Bulletproof Property Mgmt., LLC, IPR2026-00204; -00205; -00219; -00222; -00227; -00228; -00229 (USPTO, June 15, 2026)

 

1.事件の経緯

 

 本事案で対象となっている特許は7件ありますが、その内の1件を例に挙げますと(米国特許第12,227,184号)は、「車両のギア選択制御」に関するものであり、自社で製品の開発・製造や販売を行っていない知財行使企業(いわゆるNPE)であるBulletproof Property Management(以下、Bulletproof社)が所有しています。

 Bulletproof社は、2025年5月5日にこの7件の特許に対する特許侵害訴訟でTesla, Inc.(以下、Tesla社)を米国テキサス州西部地区連邦地方裁判所に提訴しました。

 Tesla社は、これに対向するため、2026年1月に7件の特許に対し、米国特許商標庁(USPTO)にIPR(Inter Partes Review:当事者系レビュー)を申立しました。

 これに対し、Bulletproof社は、USPTO長官によるIPR開始の裁量的却下の請求をし、両社の主張に基づき今回の決定が下されました。

 

2.USPTO長官の決定の前提事項と判断

 

(2-1)裁量的却下について

 特許の無効を訴えられた特許権者が、「既に地裁で同じ裁判が開始されたことにより、特許庁で二重に審理を始める必要はなく、IPRの却下を要求できるものであります。これに対し、USPTO長官は、IPRの審理を却下する裁量を持っています(35 U.S.C. § 314(a)に基づく)。

 

(2-2)並行する連邦地裁訴訟との重複回避について

 USPTOが2025年3月24日付け発表している覚書において、重複回避についての指針を示しています。

 その中に以下のFintiv要素とSoteraの合意が示されています。

 なお、指針の詳細につきましては、2025年6月3日付け配信の弊所HPの「国・地域別IP情報」の「米国」の記事「裁/ITCでの無効訴訟と並行する付与後手続(IPR/PGR)開始の裁量的却下に関してUSPTOが新たな指針を発表」をご参照ください(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/13813/)。

 

(A)Fintiv要素について

 簡単に述べますと、並行して地方裁判所でも審理が進んでいる場合、特許庁と地裁の二重審理になり、時間や費用が無駄になります。そこで、特許庁は「Fintiv要素」と呼ばれる6つの指標(地裁の裁判がどれくらい進んでいるか、裁判の日程がIPRの決定日より早いか、など)を総合的に考慮して、却下するかどうかを決めます。この適用にあたっては、裁判所や特許庁が、地裁の公判期日の近さに関する統計やスケジュールなどの具体的な「証拠」を考慮して評価します。

 Fintiv要素の詳細につきましては、2023年7月25日付け配信の弊所HPの「国・地域別IP情報」の「米国」の記事「地裁で無効とされたクレームに対するIPRの開始の是非に関するUSPTO長官の職権レビュー」をご参照ください(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9725/)。

 

(B)Soteraの合意について

 簡単に述べますと、Fintiv要素によって却下される可能性がある場合でも、申立人が以下の約束を提出すれば、却下を回避しやすくなるものであります。

「特許庁がIPRを開始すると判断した場合、そのIPRで主張した無効の理由を、地裁の裁判では主張しない」ことを「Soteraの合意」と呼びます。これは、裁判の二重審理を防ぐための強力な約束となるため、特許庁が却下を思いとどまる極めて重要な材料になります。

 

(C)並行する連邦地裁訴訟との重複回避についての今回の判断

 特許権者は、同一の特許に関する侵害訴訟が連邦地方裁判所で並行して進んでいるため、IPRを却下すべきだと主張していました(Fintiv要素)。

 しかしUSPTO長官は、地裁のトライアル日程が最近取り消されて未定となっている点、およびTesla社が「IPRで合理的に主張し得た理由、および各IPRにおける理由の基礎として主張された先行技術文献とシステム技術との組み合わせに基づくその他の理由を地裁では主張しない」という広範な不主張合意(Stipulation)を提示したこと(Soteraの合意)を重視しました。

 これにより、地裁とIPRの間での重複審理や判断の食い違いの懸念が減少し、IPRが適切な代替手段として機能すると判断されました。

 

(2-3)同じまたは実質的に同じ先行技術または議論が以前に特許庁に提出されたか否かについて

 特許権者は、無効の根拠として提出された主たる先行技術(Joos文献)が、過去の出願審査時にすでにUSPTOに提出されていたため却下すべき(米国特許法第325条(d)条項の適用)と主張しました。

 これに対し、USPTO長官は以下の事実から特許権者の主張を退けました。

 ・今回のTesla社の申し立てには、Joos文献だけでなく、過去の審査過程で提出されていなかった「Bettger文献」や「Bayer文献」が組み合わされている点。

 ・最先優先日となる親特許の審査時にはJoos文献は検討されておらず、その他の子出願においてもIDS(情報開示書)で引用されたのみで、審査官による実質的な審査(拒絶理由等での適用)は行われていなかった点。

 ・審査官がJoos文献に記載されていた重要事項を見落として特許を許可した(特許庁側の実質的な判断ミスがあった)というTesla社の主張が説得力を持った点。

 

(2-4)特許のライフサイクルと特許権者の「定着した期待」について

 特許権者は、Tesla社が特許の存在を知りながらIPRの提起を不当に遅延させたと主張しました。しかし、対象となった特許はすべて2024〜2025年に発行された新しいものであり、Tesla社は発行から2年以内にすべてのIPRを迅速に申し立てています。したがって、7件の特許は、長期間にわたって有効であったわけではなく(いずれも2024年から2025年の間に発行)、特許権者がこれらの特許に関して、裁量による却下を正当化するような強固な「定着した期待(Settled Expectations)」を形成していたとはいえないと認定しました。

 

(2-5)米国内における製造活動について

 USPTOは、米国内での製造活動や中小企業の保護を考慮する追加の指針(2026年3月の覚書)を公表しています。Tesla社は、対象とされている製品を実際に米国国内で製造している詳細な証拠を提示しました。特許権者は「コンポーネントの30〜40%は海外製である」と主張しましたが、具体的な裏付け証拠は提示できませんでした。USPTO長官は、Tesla社側の米国内製造に関する証拠の方に説得力があると認め、これも裁量的却下を否定するプラスの要因となりました。

 

3.考察

・本決定は、USPTO長官により「Informative(情報提供・指針的決定)」として指定されたものであり、今後のIPR手続における長官の裁量的却下(Discretionary Denial)の運用基準を示す事例となると考えられます。

・本決定からは、以下の実務上の示唆が得られると考えられます。

(1)米国内製造活動の客観的立証の重要性

 2026年3月に発表された「米国内製造および中小企業保護に関する覚書」が実際の決定に適用された事案となります。単なる主張にとどまらず、自社製品が米国内で製造されている客観的証拠を提示することが、裁量的却下を回避するうえで肯定的に評価されることを示した事例となりました。

(2)Fintiv要素に対する複合的対応策

 地裁訴訟が並行して存在する場合であっても、①地裁の公判期日が未定であること、②申立人側が広範な不主張誓約を提出すること、の組み合わせにより、重複審理の懸念が解消される傾向にあることを示しました。

(3)審査官の誤りの指摘

 過去にUSPTOへ提出された先行技術文献(IDS提出文献など)に依拠する場合であっても、当時の審査において審査官が特許性に関する重要な記載を見落としていたことを具体的に立証できれば、35 U.S.C. § 325(d)に基づく裁量的却下を回避できる可能性が示されました。

 

4.参考

・米国特許第12,227,184号の概要について

(1)発明の概要

 従来の自動車では、前進と後退を切り替える際、レバーや物理ボタン、あるいはタッチスクリーンのスワイプ操作などにより、ドライバーが「進みたい方向」を明示的に指示する必要がありました。これに対し本件発明は、「ドライバーが方向を指示しなくても、ステアリング(ハンドル)の操作パターンなどから、システムが自動的に適切なギア(前進/後退)を判断して提案または切り替える」という制御技術に関するものです。

(2)図面を用いた説明

 この仕組みは、明細書に記載された図1および図2の構成を用いて以下のように説明されています。

・図1:車両システム構成

 車両(10)には、車輪(14)、モーター(16)、ブレーキ(20、22)、およびステアリングシステム(24)が備わっています。これらすべてを制御・監視するのがコントローラ(30)です。コントローラは、車内のタッチスクリーン(32)、ステアリングホイール(40)、アクセル(42)、ブレーキペダル(44)とも接続されています。

・図2:出庫時の自動シフトの流れ

 図2は、バックで駐車スペース(132)から出て、前進して出発するまでの一連の動作を時間軸で示したチャートです。 上段の波形(110)は「ステアリング角度」、下段の波形(120)は「車速」、下部のイラスト(A〜F)は車両の位置を示しています。

 位置A:駐車状態(ステアリングは直進、速度ゼロ)。ここからまっすぐバックします。

 位置B:車のノーズが隣の車をクリアしたタイミング。通路(134)に入るため、ステアリングを大きく切り始めます。

 位置C:ステアリングを深く切ったまま後退を続けます。

 位置D:目的の位置までバックし、減速して一時停止します。

 位置D〜E(一時停止期間):この停止中、コントローラは「直前の後退速度」や「ステアリングを大きく切っていたパターン」を分析し、ドライバーが方向指示器(スワイプ等)を操作しなくても、自動的に「前進」への切り替えを提案または実行します。ドライバーは、ブレーキペダルをポンと踏むなどの方向情報を持たない単純な承認操作(140)を行うだけで、ギアチェンジを完了できます。

 位置E〜F:ステアリングを逆方向に切り返しながら、前進して出発します。

 

 

 

 

 

 

 

[担当]深見特許事務所  栗山 祐忠

 

[情報元]

     1. 本事案のUSPTOの決定https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/IPR2026_00204_Tesla_v_Bulletproof_stamped.pdf

     2. Bulletproof社の侵害訴訟

https://ipverse.greyb.com/litigations/bulletproof-property-management-llc-v-tesla-inc–txwd–1-25-cv-00665

     3. USPTOの米国内での製造活動や中小企業の保護を考慮する追加の指針(2026年3月の覚書)

https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/Additional_Discretionary_Institution_Considerations_US_Manufacturing_and_Small_Business_Use_of_AIA_Proceedings.pdf

     4. 本事案に関連するMcDermott Will & Schulte firmの記事

https://www.ipupdate.com/2026/06/not-so-bulletproof-uspto-rejects-discretionary-denial-across-seven-ipr-petitions/