並行地裁訴訟での無効判決に伴いIPR開始決定を破棄したUSPTO長官決定と長官レビュー請求期限の30日への延長
当事者系レビュー(IPR)の開始後、並行する連邦地方裁判所の特許侵害訴訟において、対象特許の全クレームが「特許適格性(Patent Eligibility)を欠き無効」と判示されました。これを受け、米国特許商標庁(USPTO)長官は職権レビューを起動し、IPRの開始決定をすべて破棄・却下しました。本決定に伴い、IPR開始決定に対する長官レビューの申請期限が一律14日間から30日間に延長されたほか、並行訴訟での無効判決等を「例外的な事情」として、さらなる期限延長を迅速に申請するための新たなガイドラインが導入されました。
LIGHT & WONDER, INC., Petitioner, v. EVOLUTION MALTA LIMITED, Patent Owner, IPR2025-01072; IPR2025-01073 and IPR2025-01078 (USPTO, June 22, 2026)
1.事件の経緯
本事案で対象となっている特許は3件(米国特許第11,011,014号、米国特許第10,629,024号、米国特許第11,756,371号)であり、いずれも「インターネットベースの賭けを実行するためのシステム、方法、およびメディア」に関するものであります。Evolution Malta Limited(以下、Evolution社)が所有しています。
・特許侵害訴訟(2024年5月): Evolution社は、3件の特許に対する特許侵害訴訟でLight & Wonder, Inc.(以下、L&W社)をネバダ連邦地方裁判所に提訴しました。
・地裁での第1次却下(2025年2月): 地裁はL&W社による訴え却下申立てを認め、「特許クレームは米国特許法101条に基づき特許適格性(Patent Eligibility)要件を満たさない(無効)」と判示し、原告の訴えをwithout prejudice(訴状の修正余地あり)で却下しました。
・IPR(Inter Partes Review:当事者系レビュー)の申し立て(2025年5月): L&W社はPTABへ上記3件について「新規性欠如(102条)」や「自明性(103条)」に基づく特許無効を申立ました。
・PTABによる審判開始決定(2025年12月): 地裁訴訟が一時停止(Stay)されている間、PTABはL&W社による無効の主張に一理あると認め、これら3件のIPR手続きを正式に開始(Institution)しました。
・地裁による最終却下決定(確定無効)(2026年3月): 地裁は、Evolution社が提出した修正訴状に対するL&W社の再度の却下申立てを認め、対象特許クレームについて特許適格性要件を満たさないとしてwith prejudice(これ以上の修正は認めない)」で完全に却下(実質的な特許無効の確定)しました。
・特許権者による終了申し立てと拒絶: すべての対象クレームが司法の場で無効と判断されたため、特許権者であるEvolution社はIPR手続きを終了(Terminate)するようPTABに求めましたが、PTABは「裁量的理由で手続きを終了させる権限がない」としてこれを拒絶しました。
・USPTO長官レビューの開始: 手続きの終了申し立て却下は、法律上USPTO長官レビューの対象として明記されていないため、特許権者はどのようにレビューを請求すべきかUSPTOにメールでガイダンスを求めました。これを受け、審判開始に対する影響を判断するとともに手続きの効率化を図るため、USPTO長官は職権(sua sponte)による長官レビュー(Director Review)を開始しました。
・そして今回、USPTO長官による、決定事項が示されました。
2.USPTO長官の決定事項 今回、USPTO長官は以下の3点を決定しました。
(1)審判開始決定の破棄と却下(Vacated & Denied)
PTABが2025年12月に下した、3件の対象特許に対するIPRの開始決定をすべて破棄し、申立人(L&W社)のIPRの申立てを却下しました。これにより、審判手続きは開始されず、終了となります。
(2)IPR審判開始決定自体に対する職権レビューの起動
PTAB自身は、現行の実務ガイドラインに従って特許権者のIPR終了申立てを適切に却下したものの、これに対しUSPTO長官は、自らの最高権限を用いて以前の「IPR審判開始決定自体」を職権レビューの対象とし、これらを直接破棄(vacate)することでIPRを強制終了させました。
(3)USPTO長官レビュー申請期限の緩和(一律30日への延長)
今回のケースのように、審判開始決定の後に状況が急変した場合に当事者が適切に救済を求められるよう、審判開始決定に対する長官レビューの申請期限を従来の「14日間」から「30日間」へと緩和(延長)することを決定しました。
3. 決定の理由
異例のタイミングで審判開始決定が覆された背景には、「特許制度の効率性」と「司法と行政の二重手続きの回避」という強い合理性があると考えられます。
・並行する地方裁判所での「with prejudice:これ以上の修正は認めない、無効確定」
並行して進んでいたネバダ連邦地方裁判所の訴訟において、裁判所はEvolution社の修正訴状を「with prejudice:これ以上の修正は認めない」で却下し、対象特許の全クレームについて特許適格性要件を満たさない(無効)と判示しました。
全ての対象クレームが既に司法の場で無効と判断されたため、特許庁がさらに多大なリソースを割いて、新規性や自明性といった別の理由から特許性を精査し続けることは「不必要かつ非効率」であると判断されました。
・「無効判決が覆るリスク」への反論(地裁での解決が最適)
申立人のL&W社は、「もし連邦巡回区控訴裁判所で地裁の無効判決が覆された場合、IPRが終了していると、地裁で再び一から無効主張を争わなければならなくなり不利益を被る」と主張していました。
しかし、長官は過去の『Hulu』事件の先例を引用し、「控訴裁で覆り地裁に差し戻された場合であっても、差し戻し先の地裁で無効理由を争う方が、特許庁の手続きを二重に維持するよりもはるかに効率的である」と退けました。
・特許庁リソースの温存
L&W社は「既にIPR手続きの大部分の作業は終わっている」とも主張していましたが、USPTO長官は「申立人による特許権者応答書への反論書(Reply)や、その後の特許権者の再反論書(Sur-reply)が未提出(保留状態)であり、口頭弁論や最終書面決定には至っていないため、今手続きを終了することは特許庁のリソース節約に直結する」と結論づけました。
4. 今後の方針・制度運用の変更
今回の決定事項を踏まえ、USPTOは今後の実務における以下の新しいガイドラインを提示しました。
・USPTO長官レビュー申請期限の均等化
これまで「審判を開始しない決定」や「最終決定」に対する長官レビューの請求期限は30日であったのに対し、「審判を開始する決定」に対する請求期限のみが14日と短く設定されていました(37 C.F.R. § 42.75(c)(1), 37 C.F.R. § 42.71(d))。今後はこれを30日に統一し、当事者が公平な立場で長官レビューを請求できるようにします。
・「例外的な事情(Exceptional Circumstances)」における期限のさらなる延長
「審理が実質的に進行していない(trial has not progressed meaningfully)」段階であれば、以下の「例外的な事情」が認められる場合に限り、長官レビューの申請期限をさらに延長することを認めるとしました。
(i) 並行する他の訴訟(地裁など)において、対象クレームのすべて(または実質的にすべて)が却下・処分された場合(特許権者と被告が和解して訴訟を永久に終了させる等)。
(ii) 並行訴訟の事実認定や法律判断により、対象クレームのすべて(または実質的にすべて)が無効と判断された場合。
(iii) Sotera合意(IPRで主張した、あるいは主張できた無効理由を地裁では二度と主張しないという当事者間の合意)への違反があった場合。
・例外申請の窓口(専用メールシステム)の設置:
今後、上記の例外的な事情に該当すると考える当事者は、専用のメールアドレス(Director_PTABDecision_Review@uspto.gov)宛てに、「なぜ例外的な事情による期限延長が認められるべきなのか」を最大3文以内で簡潔にまとめて送信するという、極めて迅速な申請フローが導入されることになりました。
5.考察
・USPTO長官レビュー申請期限「30日への恒久延長」によるプロセス防御の猶予について
本決定に基づき、USPTOは実務プロセスを改訂し、従来「14日間」だった審判開始決定に対するUSPTO長官レビューの申請期限を「30日間」へと一律に延長・均等化しました。
これにより、当事者は審判が不当に開始されたと感じた場合、より時間的猶予を持って説得力のあるUSPTO長官レビュー請求書を準備できるようになり、手続き的な防御力が大幅に向上したと言えます。
・「例外的な事情」を活用した迅速な期限延長申請ルートの確立について
新ガイドラインは、30日の期限を過ぎた後であっても、「審判が実質的に進行していない段階」であれば、並行訴訟での無効判決(Dismissal with prejudice)等を例外的な事情として、期限の延長申請を認めています。申請方法として、専用窓口宛てに「最大3文以内」で簡潔に理由を述べてメールを送信するだけという、極めて迅速かつ低コストな手続きが導入された点は画期的かも知れません。
[担当]深見特許事務所 栗山 祐忠
[情報元]
1.本事案のUSPTOの決定
https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/ipr2025-01072-dr-paper_30.pdf
2.本事案に関連するMcDermott Will & Schulte firmの記事

