UPC地方部の管轄権に関して欧州域外の製造業者のリスクを示したUPC控訴裁判所の判決紹介
統一特許裁判所(UPC)の控訴裁判所は、中国の製造業者およびその欧州での販売パートナーに対し、UPC締約国における持続的グルコースモニタリング(continuous glucose monitoring:CGM)装置[i]の製造、販売等を差し止める仮差止命令を下したUPCハーグ地方部の決定を支持しました。本件控訴審判決において注目すべきは、中国の製造業者の製造活動が全面的に中国で行われていたにもかかわらず、当該製造業者が欧州におけるマーケティングや販売準備に関与していたことを根拠に、UPCハーグ地方部の管轄権が当該製造業者に及ぶとされた点です。本件判決はまた、広範な文言を含む差止命令や、暫定措置の申し立てにおける迅速性に関する判断の点でも注目に値します。
1.事件の経緯
(1)本件特許
Abbott Diabetes Care Inc.(以下、「Abbott社」)は、糖尿病患者のためのCGM装置を主力製品とする米国企業であり、CGM装置に用いられるセンサアセンブリおよびそのようなセンサアセンブリを含むキットに関する欧州特許第4 344 633号(以下、「本件特許」)を所有しています。本件特許は、2025年6月4日に欧州特許庁(EPO)によって特許付与の公告がなされたもので、2025年6月18日に単一効特許として登録されました。本件特許は、UPC協定のすべての締約国において効力を有しています。
(2)仮差止の申立
Abbott社は、中国のCGM装置の製造業者であるSinocare Inc.(以下、「Sinocare社」)が製造し、その欧州での販売パートナーとして活動するイタリア企業であるA. Menarini Diagnostics s.r.l.(以下、「Menarini社」)が販売するCGM装置(商品名:「GlucoMen iCan」)が本件特許を侵害していると主張して、2025年7月4日にUPCのハーグ地方部に対して、当該商品の欧州での販売の仮差止およびその他の暫定措置を求める申立を行いました。
2.第一審での争点(特に国際裁判管轄権)とハーグ地方部の判断
第一審においてSinocare社は、UPCの地方部には、中国に拠点を置く製造業者であるSinocare社に対する国際裁判管轄権および権限がないと主張しました。このようにSinocare社についてハーグ地方部の国際裁判管轄権および権限が争われましたが、Sinocare社の欧州での販売パートナーであるイタリア企業Menarini社は、このような国際裁判管轄権および権限については争いませんでした。
ハーグ地方部はその決定おいて、欧州議会および欧州理事会の規則に規定する国際裁判管轄に基づいてハーグ地方部がSinocare社およびMenarini社の両社に対する訴えを審理する「管轄権と権限(jurisdiction and competence)」[ii]を有することを認めました。ハーグ地方部が国際裁判管轄の根拠としたEUの規則(Regulation(EU))は下記の通りです。
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“International Jurisdiction on Art. 71b(1)/(2) and Art. 7(2) of Regulation (EU) No 1215/2012 of the European Parliament and of the Council of 12 December 2012 on jurisdiction and the recognition and enforcement of judgements in civil and commercial matters (recast) as amended by Regulation (EU) No 542/2014 of the European Parliament and Council of 15 May 2014 (“BR”)”
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このEUの規則は、UPCのような複数の加盟国に共通する裁判所(Common Court)が、国際裁判管轄(International Jurisdiction)をどのように有するかを定めた規定です。Art. 71b(1)[iii]は、たとえばUPC締約国の国内裁判所が管轄権を持つ場合、共通裁判所であるUPCも国際裁判権を持つことを定めています。Art. 71b(2)[iv]は、被告がEU加盟国に住所等を有さない場合でも、本規則の管轄規定(不法行為地など)が適切に適用され、UPCの国際裁判管轄が認められることを定めています。Art. 7(2)[v]は、特許権侵害などの不法行為に関して、不法行為地(損害発生地)の裁判所に管轄権があるとする規定です。欧州特許の侵害訴訟において、係争特許が効力を持つ加盟国で損害が発生した(または発生するおそれがある)場合、このArt. 7(2)とArt. 71b(1)とが結びつくことで、UPC全体が国際裁判管轄を有すると解釈されています。
これに対して、UPC協定のArt. 33(1)(a)[vi]は、UPC締約国の内部管轄を規定し、侵害訴訟などをどの支部(Local / Regional Division)に提起すべきかを定めています。具体的には、「実際の侵害または侵害のおそれが生じた地に所在する地方部(Local Division)または地域部(Regional Division)」に管轄が認められます。
第一審においてMenarini社は、ハーグ地方部が存在するオランダでの侵害活動の有無だけがUPC協定の内部管轄規定(Art. 33(1)(a))に基づくハーグ地方部の管轄権の唯一の根拠となるとして、Abbott社が、Menarini社によるオランダにおける侵害行為を立証していないという主張だけを行いました。しかしながら、前述のようにハーグ地方部は、Sinocare社およびMenarini社の双方に関して、仮差止の本件申立を審理する管轄権および権限を認めました(その根拠については次項「3.UPC控訴裁判所の判断 (1)ハーグ地方部の管轄権について」で説明いたします)。
ハーグ地方部はさらに、本件申立は適時に提出されており仮差止の緊急性の要件を満たしていると判断するとともに、本件特許の侵害および有効性に関する当事者の主張を審理した結果、被疑侵害品である「GlucoMen iCan」が本件特許のクレーム1および15を侵害している可能性が高く、Sinocare社およびMenarini社が提起した特許取消事由は本案訴訟における特許の有効性に影響を与えないことが予想されると判断しました。
これらの理由に基づき、ハーグ地方部は、当事者の利益を比較衡量した結果、UPCの管轄区域内における本件特許の直接侵害、特に「GlucoMen iCan」(またはその構成部品)の製造、販売、市場への投入、および/または使用、提供、提供の申し出による、およびこれらの目的での「GlucoMen iCan」の輸入または保管による直接侵害を禁止する、即時執行可能な仮差止命令を発しました。
Sinocare社およびMenarini社はこの命令を不服としてUPCの控訴裁判所に控訴しました。
3.UPC控訴裁判所の判断
(1)ハーグ地方部の管轄権について
UPC控訴裁判所は、共同控訴人であるSinocare社およびMenarini社の双方に関して、本件申立を審理する管轄権および権限を認めたハーグ地方部の判断を支持しました。
① Menarini社について
欧州での販売パートナーであるイタリア企業Menarini社は、前述のようにハーグ地方部での第一審において、EU規則の国際裁判管轄に基づくハーグ地方部の管轄権および権限を争いませんでした。第一審においてMenarini社は、Menarini社によるオランダにおける侵害行為をAbbott社が立証していないという主張だけを行い、控訴裁判所への控訴においても同じ主張を繰り返しました。
これに対して控訴裁判所は、Menarini社は第一審ではEU規則に基づくハーグ地方部の管轄権および権限を争っていなかったため、控訴審においてはMenarini社は当該争点について争う機会を逸しており、第一審の仮差止命令を覆す根拠として管轄権および権限について主張することはできないと判断しました。
実際問題として、Menarini社は、自社のウェブサイト上で被疑侵害品である「GlucoMen iCan」の販売の申出をしており、オランダを含む欧州中のUPC締約国で当該ウェブサイトにアクセス可能となっておりました。このため、本件特許が効力を有するUPC締約国の領域内で損害の発生の可能性があり、ハーグ地方部の管轄権および権限を認めたハーグ地方部の判断は正しいものであったと控訴裁判所は認定しました。
② Sinocare社について
Sinocare社は、一貫してUPCの地方部には、中国に拠点を置く製造業者であるSinocare社に対する管轄権および権限がないと主張しました。しかしながら、控訴裁判所は、被疑侵害品である「GlucoMen iCan」を欧州で販売するために、Sinocare社はMenarini社と戦略的なパートナーシップの関係に入っていたと認定しました。控訴裁判所は、以下に説明する理由により、Sinocare社の役割は、Menarini社との間では「標準的な供給業者・販売業者の関係」にあって欧州への関与を一切伴わない、中国拠点の製造業者という立場にとどまるものではなかった、と述べ、Sinocare社が欧州でのマーケティングや販売準備に関与していたことを理由に、Sinocare社の主張を退けました。
控訴裁判所は、このような結論の根拠として以下の点を挙げました。
(ⅰ)パッケージや広告資料への「iCan」ブランドの表示
被疑侵害品の「GlucoMen iCan」というブランドは、Menarini社の「GlucoMen」というブランドとSinocare社の「iCan」というブランドの組合わせであり、このような組合せのブランドが欧州でのマーケッティングに関連して製品のパッケージや広告資料上に表示されていました。
(ⅱ)パッケージおよび欧州医療機器データベースの双方への製造業者としての記載
被疑侵害品のパッケージ上には、Sinocare社が「GlucoMen iCan」の製造業者として明記されていました。また、欧州医療機器データベース(EUDAMED)[vii]へのエントリーにおいてもそのように明記されていました。
(ⅲ)欧州での販売に必要なCE認証の取得への関与およびその製品への貼付
Sinocare社は、「GlucoMen iCan」についてCE認証[viii]を取得し、オランダを含む欧州市場に当該製品を投入するためにそれらにCEマーク[ix]を当該製品に貼付する責任を負っていました。控訴裁判所は、これらのことを、同社の欧州市場への関与を示す事情の一つとして考慮しました。
控訴裁判所は、これらの事実によりUPC締約国において「損害が発生する可能性」が生じると判断し、したがってSinocare社に対する国際管轄権を認めたハーグ地方部の判断は正当であると結論付けました。これにより、第一審のハーグ地方部が下した仮差止の命令が確定し、中国企業であるSinocare社に対しても、UPCの全管轄地域において、該当するCGM装置のセンサー製品の製造、販売、販売の申し出、輸入、流通、およびそれらの準備やプロモーション行為全般が暫定的に禁止されるという、強力な効力が発生しました。
このような控訴裁判所の判断は、欧州市場向け製品の製造・準備に加え、欧州での販売パートナーとの戦略的提携、共同ブランド、広告・取扱説明資料等を通じた欧州での販売・プロモーションへの具体的な関与が認められた場合には、欧州域外の製造業者についてもUPCの国際裁判管轄権および地方部の内部管轄権が認められ得ることを明確に示すものです。
(2)迅速性について
共同控訴人はまた、Abbott社による暫定措置の申立て(以下「本申立て」)において不当な遅延があったと主張しました。共同控訴人は、Abbott社は2024年12月3日の公表によって「GlucoMen iCan」製品が欧州市場に参入することを認識できたはずであるにもかかわらず、本申立ては2025年7月4日になってようやく行われたと指摘しました。
控訴裁判所は、いくつかの理由に基づきこの主張を退けました。第一に、「GlucoMen iCan」製品を包含する特許は本申立てのわずか1ヶ月前に付与されたものであり、その事実自体がAbbott社の迅速な対応姿勢を示していました。
さらに控訴裁判所は、特許付与前にAbbott社が行った準備作業(侵害の有無を判断するために購入したサンプルの分析を含む)を認めました。裁判所はこの点について、当該製品が欧州で入手可能になる前にはその分析を行うことは不可能であったとするAbbott社の主張を支持しました。
本件において、UPC控訴裁判所による迅速性の判断は特に厳格なものではありませんでした。その理由は、単に製品の欧州市場参入が広告されただけでは迅速性判断のための期間計算は開始されないこと、および侵害品の分析に時間をかけることは申立て前の合理的な遅延とみなされるためです。
これは、緊急性の要件が厳格に適用された、UPC控訴裁判所が後に下した判決(UPC_CoA_19/2026)とは対照的です。この後の判決では、本件判決とは異なり、申立人が暫定措置の申立てに遅延が生じた理由を十分に立証していなかったという事情がありました。
(3)広範な差止命令について
共同控訴人はまた、ハーグ地方部が発令した仮差止命令が、「GlucoMen iCan」製品だけでなく、2023年10月から欧州市場に出回っていた「Sinocare iCan i3」製品をも対象としていると主張しました。
口頭審理において、Abbott社は、差止命令の文言にかかわらず「Sinocare iCan i3」は差止命令の意図した対象に含まれていないことを明らかにしました。これは、Abbott社のそれまでの書面において「Sinocare iCan i3」について一切言及されていなかった事実を反映するものでした。しかし、控訴裁判所は、差止命令の文言を修正してその適用範囲を狭めるのではなく、Abbott社が口頭審理において「Sinocare iCan i3」は差止命令の対象ではないと明確化したことを踏まえると、文言上は広範であっても「Sinocare iCan i3」は当該差止命令の対象には含まれないと述べるにとどまりました。
差止命令の修正を拒否した理由として、同裁判所は、侵害製品に軽微な変更を加えることによる差止命令のすり抜け(迂回)を防ぐ上で、広範な差止命令を維持することの利点を挙げました。このことは、控訴裁判所は、侵害が認められた具体的製品について、軽微な変更や別名称による類似製品への迂回を防止する観点から、一般的な文言による差止命令を原則として許容したことを示しています。
4.実務上の意義について
本件控訴審判決の実務上の意味について注目すべき点は、世界中の事業者に対して、たとえ当該事業者の行為が欧州における特許侵害行為への軽微な関与であっても、当該事業者はUPC地方部の管轄権に服し得るということを警告するものであることです。
また、本件は、暫定措置の申立における不合理な遅延(unreasonable delay)に対するUPCの評価は、十分な理由が示されれば厳格なものではないことを示すとともに、必要に応じて権利放棄を認めつつ広範な文言の差止命令を出すというUPCの傾向を裏付けるものでもあります。
[i] 持続的グルコースモニタリング(CGM)装置は、主として糖尿病の管理に用いられる医療機器であり、皮下に装着した小型のセンサーによって、主として間質液中のグルコース濃度を連続的に測定し、その推移を記録する医療機器です。
[ii] ハーグ地方部の決定において、「管轄権(jurisdiction)」はUPCが国際的な事件について裁判権を有するかという「国際裁判管轄権」を意味し、「権限(competence)」はUPC内部においてどの地方部・地域部が事件を取り扱うことができるかという「内部管轄権」を意味します。
[iii] EU規則Art. 71b(1)の規定は以下の通りです。
“Art. 71b
The jurisdiction of a common court shall be determined as follows:
(1) a common court shall have jurisdiction where, under this Regulation, the courts of a Member State party to the instrument establishing the common court would have jurisdiction in a matter governed by that instrument;
(2)(省略)”
[iv] EU規則Art. 71b(2)の規定は以下の通りです。
“Art. 71b
The jurisdiction of a common court shall be determined as follows:
(1)(省略);
(2) where the defendant is not domiciled in a Member State, and this Regulation does not otherwise confer jurisdiction over him, Chapter II shall apply as appropriate regardless of the defendant’s domicile.
Application may be made to a common court for provisional, including protective, measures even if the courts of a third State have jurisdiction as to the substance of the matter;”
[v] EU規則Art 7(2)の規定は以下の通りです。
“Art. 7
A person domiciled in a Member State may be sued in another Member State:
(1)(省略)
(2) in matters relating to tort, delict or quasi-delict, in the courts for the place where the harmful event occurred or may occur;”
[vi] UPC協定Art.33(1)(a)の規定は以下の通りです。
“Art. 33(1)(a)
Without prejudice to paragraph 7 of this Article, actions referred to in Article 32(1)(a), (c), (f) and (g) shall be brought before:
(a) the local division hosted by the Contracting Member State where the actual or threatened infringement has occurred or may occur, or the regional division in which that Contracting Member State participates;”
[vii] EUDAMED(European Database on Medical Devices)は、欧州連合(EU)のマーケットで販売される医療機器および体外診断用医療機器の透明性、トレーサビリティ、および規制上の監視を向上させるために、EU医療機器規則(MDR 2017/745)および体外診断用医療機器規則(IVDR 2017/746)に基づいて設置された、一元化された中央集中型多目的データベースです。
[viii] CE認証とは、EU(欧州連合)域内で製品を販売・流通させるために、安全・環境性能などのEUの関連法令が求める法的要件を満たしていることの証明であり、該当製品の製造業者(輸入者)または代理の第三者認証機関が所定の適合性評価を行い認証します。
[ix] CEマーキングは、CE認証を受けていることを示すマークで、CEマークが正しく貼付されている製品はEU域内の自由な販売・流通が保証されます。
[担当]深見特許事務所 堀井 豊
[情報元]
1.D Young & Co Patent Newsletter No.114 August 2026 “How far does UPC Local Division jurisdiction extend? Sinocare v Abbott Diabetes Care clarifies non-European manufacturer risk”
https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/upc-local-division-jurisdiction-sinocare-abbott
2.“ORDER of the Court of Appeal of the Unified Patent Court issued on 30 March 2026 concerning a request for provisional measures”(UPC控訴裁判所判決原文)

