G 1/24のクレーム解釈の原則が追加事項の判断に及ぶかが問われたG1/26における拡大審判部への付託について
欧州特許庁(EPO)の拡大審判部は近時、クレーム解釈時における明細書および図面の参照に関して付託された付託事件G 1/24について重要な判断を示しました。その後、この拡大審判部の判断が、欧州特許条約(EPC)第123条(2)[i]に基づく「追加事項(added subject-matter)」の有無の判断にも適用すべきかが審判事件T0873/24において争点となり、その中間決定(下記「情報元3」参照)において当該争点が拡大審判部に付託され、付託事件G 1/26として現在も係属しています(本稿作成時点では拡大審判部の決定は出ていません)。この事件では、クレーム中の用語について、クレームだけを読めば複数の技術的に意味のある解釈が可能である場合に、明細書および図面を参照してその用語の意味を確定した上で、追加事項の有無を判断できるかが問題となっています。
以下、主として下記情報元1および2に基づいて、G1/26の付託内容について詳細に説明するとともに、特許のクレームと明細書との関係を問題とする点で共通する付託事件G1/25との関連に言及します。
1.G 1/24によるクレーム解釈の原則
G 1/26を理解するためには、まずG 1/24の判断を確認する必要があります。
EPO拡大審判部は、2025年6月18日のG 1/24において、クレームされた発明の特許性をEPC第52条~第57条に基づいて判断する際には、クレームを解釈するために明細書および図面を常に参照しなければならないとの原則を示しました。
G 1/24は、クレームを起点として特許性を判断する一方で、クレームの文言の意味を確定する際には明細書および図面を参照するという考え方を明確にしたものです(詳細は、下記「情報元4」、および、2025年11月11日付で弊所HPにおいて配信した欧州関連記事「付託G1/24に関する拡大審判部の決定」をご参照下さい。)。
もっとも、G 1/24が直接扱ったのは第52条~第57条に基づく特許性の判断であり、EPC第123条(2)に基づく追加事項の判断において、明細書をどのように参照してクレームを解釈すべきかについては明確な判断を示していませんでした。
このため、G 1/24後の審判部の判断では、追加事項の判断における明細書の位置付けについて異なるアプローチが現れました。G 1/26の付託は、このような判断の分岐を背景として生じたものです。
2.T 0873/24の事案
G 1/26は、技術審判部3.3.05による2026年2月3日の中間決定T 0873/24に基づく拡大審判部への付託です。対象となったのは、プレコート鋼帯に関する欧州特許EP3587104(以下「本件特許」)です。
問題となった本件特許のクレーム1には、鋼材中のチタンと窒素の量について、「チタンと窒素との比率が3.42を超える(the ratio of titanium to nitrogen is in excess of 3.42)」との限定が含まれていました。
本件特許の出願当初のクレームおよび明細書では、チタンおよび窒素の量が重量百分率で表されていました。しかし、本件のクレーム1に含まれる「チタンと窒素との比率が3.42を超える」との限定では、チタンおよび窒素の量の単位が明示されていませんでした。
そこで、「チタンと窒素の比率」を重量比として理解すべきか、それともモル比等も含み得るのかが問題となりました。
特許権者は、クレーム全体および明細書を考慮すれば、ここでいう「比率」は重量比を意味することが明らかであり、追加事項には該当せず特許は有効であると主張しました。一方、相手方は、クレームの文言だけからすればモル比などの解釈も技術的に意味があり得るため、明細書を参照して比率を重量比に限定することは許されず、追加事項を含むため特許は取り消されるべきであると主張しました。
この問題は、単にクレームの意味をどのように解釈するかという問題にとどまりませんでした。クレームを「重量比」と解釈し、そのように解釈されたクレームの対象が出願当初の開示から直接かつ一義的に導出できるのであれば、第123条(2)違反とはならない可能性があります。これに対し、クレームだけから複数の「比率」の解釈を考慮しなければならないのであれば、それらの解釈の全てについて出願当初の明細書に直接かつ一義的な根拠があるかが問題となります。
3.追加事項の判断における「明細書の参照」についての3つのアプローチ
付託G1/26を行なった審判部の中間決定(T 0873/24)では、G 1/24後の審判部の判断において、明細書をクレーム解釈に利用する方法について、概ね3つの異なるアプローチが存在すると整理されました。
(1)第1のアプローチ――明細書は当業者および一般常識を確認するために参照する
第1のアプローチでは、明細書を参照することは、主として「当業者(skilled person)」を特定し、その一般常識(common general knowledge)を確認するためのものとされます。
このアプローチでは、明細書の記載を利用してクレームの文言を積極的に狭めたり、広げたりすることは基本的に認められません。
本件についてこのアプローチを採用すると、「比率」という文言だけから、重量比なのかモル比なのかを当業者が判断することはできません。そのため、クレームには複数の技術的に意味のある解釈が残ることになります。
そして、追加事項の判断においては、それら複数の解釈を考慮する必要があるため、クレーム1については、複数の解釈を前提として、それぞれの解釈について出願当初の開示から直接かつ一義的に導出できるかを検討することになり、本件では追加事項が存在するとの結論につながります。
(2)第2のアプローチ――明細書によって技術的に矛盾する解釈を排除する
第2のアプローチでは、明細書を参照して、クレームの文言について、明細書に示された技術的文脈と両立しない解釈を排除します。
ただし、このアプローチでは、明細書の記載によってクレームを積極的に広げたり狭めたりすることは認められません。
本件では、明細書の技術的文脈からモル比という解釈を明らかに排除することはできないと判断されました。したがって、「比率」を重量比に限定することは、クレームを狭めることになります。
この場合にも、重量比以外の技術的に意味のある解釈を排除することができないため、追加事項が存在するとの結論になります。
(3)第3のアプローチ――クレームと明細書を一体として解釈する
第3のアプローチは、クレームと明細書・図面を一体的に(as a unitary process)読んで、当業者がクレームの文言に与える意味を確定するというものです。
このアプローチでは、明細書および図面を参照することによって、クレームの意味を広げることも、狭めることも可能になります。
本件では、明細書においてチタンと窒素の比率が一貫して重量比の文脈で記載されていました。そのため、クレームだけを見ればモル比も技術的には意味を持ち得るとしても、クレームと明細書を一体として読めば、当業者は「比率」を重量比として理解すると判断することが可能です。
このアプローチによれば、クレーム1は重量比に限定して解釈されるため、追加事項は存在しないとの結論になります。
4.G 1/26で付託されている3つの質問事項
このように、クレーム解釈について採用するアプローチによって結論が変わり得ることから、審判部はT 0873/24において3つの問題を拡大審判部に付託しました。
第1の質問[ii]は、EPC第112条(1)[iii]にいう「決定を必要とする(decision is required)」の解釈に関する手続的な問題です。具体的には、T 0873/24の審判部は、
①その法律問題が、現在審理している事件の中から実際に生じていること、および
②その法律問題を次に検討することが、その事件の状況から見て合理的であること
が示されれば、「決定を必要とする」というEPC第112条(1)の要件を満たすのではないか、という考え方を示し、この考え方が、G 1/26の質問1として付託されています。
これに対し、実体的に重要なのが質問2[iv]および質問3[v]です。
質問2(a)では、クレームが特許性判断の出発点かつ基礎であることから、明細書又は図面にのみ開示されている特徴をクレームの意味に読み込むことが一般的に排除されるのか、特に、そのような読み込みによってクレームの文言が限定的に解釈される場合にも排除されるのかが問われています。
質問2(b)では、そうでない場合に、クレームと明細書・図面を一体的なプロセスとして読んでクレームを解釈することが適切なのかが問われています。その場合でも、特許全体から導かれるものの、クレーム中の用語についての一般的な技術的理解と明らかに矛盾する解釈だけは排除されるのかが問題となっています。
そして、G 1/26の中心となるのが質問3です。
質問3(a)では、EPC第123条(2)の遵守を判断する際、クレーム中の用語について、クレームだけを読んだ場合に当業者にとって技術的に意味のある全ての解釈を考慮しなければならないのかが問われています。
これに対して質問3(b)では、そうでない場合、特許明細書全体を背景としてクレームの意味を確定し、そのように確定されたクレームの意味について、出願当初の明細書から直接かつ一義的に導出できれば十分なのかが問われています。
5.G 1/26が実務に及ぼす可能性のある影響
G 1/26の判断が重要なのは、EPOにおける追加事項の判断方法に影響を与える可能性があるためです。
EPC第123条(2)についてEPOが採用しているいわゆる「gold standard」では、出願当初の明細書等から、当業者が一般常識を踏まえて、出願当初の明細書等から、対象となる技術的事項を直接かつ一義的に導出できるかが問題となります。そして、補正後のクレームによって当業者に新たな技術的情報が提示されてはならないとされています。
この判断において、まずクレームの意味を確定する必要があります。
例えば、クレームに「AとBの比率が3を超える」とだけ記載されており、「比率」が重量比なのかモル比なのかクレームからは明らかでないとします。
クレーム単独で技術的に意味のある全ての解釈を考慮する立場であれば、重量比だけでなくモル比についても、出願当初の開示に直接かつ一義的な根拠が存在するかを検討する必要があります。
これに対し、クレームと明細書を一体として解釈する立場であれば、明細書全体が一貫して重量比を意味している場合には、クレームの「比率」を重量比として確定した上で、その意味について出願当初の開示に直接かつ一義的な根拠が存在するかを判断することが可能になります。
したがって、G 1/26は、単なるクレーム解釈論ではなく、補正の許容範囲、特にクレーム中の用語を明細書によって限定的に解釈できる範囲を通じて、EPC第123条(2)の適用範囲に影響を及ぼし得る問題といえます。
もっとも、本稿作成時点では、拡大審判部がG 1/26の付託を受理するか、また、受理した場合にどのような形で質問を変更・整理して判断するかは未確定でした。EPOは、G 1/26が係属している間も、審査部および異議部による審査・異議手続を継続し、EPOガイドラインに沿った従来の実務を適用するとしています。
6.実務上の示唆
G 1/26の帰趨が明らかになるまで、EPOで出願・補正を行う実務においては、クレームの文言自体から技術的な意味が明確になるように記載するとともに、明細書においても、その意味を裏付ける記載を十分に確保しておくことが重要と考えられます。
特に、比率、範囲、程度、測定方法など、クレームの文言だけでは複数の技術的意味が成立し得る用語については、明細書においてその意味を明確に説明し、クレームの文言との対応関係を十分に確保するとともに、その定義とクレームの文言との対応関係を十分に確保しておくことが望まれます。
また、後の補正によってクレームに新たな限定を導入する場合には、その限定自体について直接かつ一義的な根拠があるかだけでなく、補正後のクレームに含まれる各用語をどのような意味に解釈した場合に、出願当初の開示からどこまで導出できるかを検討する必要があります。
G 1/26が、G 1/24で示された「明細書および図面を常に参照する」というクレーム解釈原則を第123条(2)の追加事項の判断にも及ぼすことを明確にするならば、EPOにおける補正実務に一定の変化をもたらす可能性があります。
7.G 1/25とG 1/26との関連性
G 1/26との関連で注目されるのが、拡大審判部への他の付託事件であるG 1/25(下記「情報元5」参照)です。G 1/25の付託を行ったEPO審判部の審判事件T 697/22の中間決定については、2025年11月11日付で弊所HPにおいて配信した欧州関連記事「明細書を補正クレームに適合させる必要があるか否かに関する質問をEPO拡大審判部に付託したEPO審判部の中間決定」をご参照下さい。
G 1/25は、補正されたクレームと明細書との間に不一致が生じた場合に、明細書をクレームに合わせて補正する必要があるかをめぐる事件です。拡大審判部は2026年9月3日、「クレームと明細書との不一致が存在するというだけで明細書の補正が必要になるのではなく、その不一致によってEPC第52~57条、第76条(1)、第83条、第84条、第123条(2)又は第123条(3)のいずれかの要件が満たされなくなる場合に、その不一致を解消するための明細書の適合が必要になる」と判断しました。
さらに重要なのは、G 1/25が、「クレームの意味を確定する際には、明細書および図面を常に参照し、クレーム、明細書および図面を一体的なプロセスとして読んで、当業者がクレームの文言に与える意味を確定する」という原則を示したことです。また、「明細書および図面はクレームの意味に影響を及ぼし得る一方、クレームの文言に根拠のない限定又は拡張を加えるために利用することはできない」としています。
この点は、「クレームと明細書を一体として解釈する」という第3のアプローチをG 1/26が問題としていることと非常に近接しています。もっとも、G 1/25は補正クレームと明細書・図面との不一致が、EPC第52~57条、第76条(1)、第83条、第84条、第123条(2)又は第123条(3)の要件にどのように影響するか、そしてその場合に明細書・図面の適合が必要となるかを扱ったものであり、G 1/26が直接問うている「第123条(2)の追加事項の判断において、クレーム単独ではなく特許明細書全体を背景として確定したクレームの意味を基準にすることができるか」という問題そのものについて、最終的な回答を示したものではありません。
したがって、G 1/25の決定はG 1/26を直接解決するものではないものの、両事件は「クレームの意味を確定する際に明細書および図面をどの程度考慮できるか」という共通の問題を扱っており、G 1/25で示されたアプローチが、今後のG 1/26の判断にどのように位置付けられるかが注目されます。
[i] EPC第123条(2)は以下のように規定しています。
「(2) 欧州特許出願又は欧州特許は,出願時における出願内容を超える対象を含めるように補正してはならない。」(日本特許庁HPより)
[ii] T0873/24の決定に記載された質問1の原文は以下のとおりです。
“1. May a decision be considered to be “required” for the purposes of Article 112(1) EPC, if the referring Board demonstrates that the point of law in question arises out of the context of the case pending before it and, in the circumstances of the proceedings, it is reasonable for the Board to examine it and decide on it next?”
[iii] 第112条(1)は、以下のように規定しています。(下線による強調は筆者によります)
(1) 法律の一様の適用を確保するために,又は重要な法律問題が生じた場合は,
(a) 審判部は,事件についての手続が係属中に自ら又は審判手続の当事者の請求により,上記目的のために決定を必要とすると認める場合は,問題を拡大審判部に付託する。審判部が請求を却下した場合は,審判部は,最終決定において却下の理由を示す。
(b) 欧州特許庁長官は,2の審判部が法律問題について異なる決定をした場合は,拡大審判部にその問題を付託することができる。(日本特許庁HPより)
[iv] T0873/24の決定に記載された質問2の原文は以下のとおりです。
“2.(a) Does the fact that the claims are the starting point and the basis for assessing the patentability of an invention generally preclude a feature which is only disclosed in the description or the drawings of a patent from being read into the meaning of a granted claim, in particular if this leads to a restrictive reading of terms used in the claim?
2.(b) If the answer to question 2.(a) is no: is claim interpretation the result of both reading the claims and consulting the description and drawings as a unitary process and does the claim being the starting point and the basis for assessing the patentability rule out only those interpretations which can be derived from the patent as a whole but would clearly contradict the general technical understanding of the terms used in the claim?”
[v] T0873/24の決定に記載された質問3の原文は以下のとおりです。
“3.(a) When assessing compliance with Article 123(2) EPC, must a term used in a claim be assessed against all interpretations that make technical sense to the skilled reader on the basis of the claim alone?
3.(b) If the answer to question 3.(a) is no: is it sufficient that only the interpretations of the subject-matter of the claim established against the background of the patent specification as a whole are directly and unambiguously derivable from the application as filed?”
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[情報元]
1.D Young “G1/26 referral: relevance of claim interpretation (G1/24) to the assessment of added subject-matter”
https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/g126-referral-added-subject-matter
2.EPOウェブサイト「New referral G 1/26: Further guidance sought on claim interpretation」
3.EPOウェブサイト 審判T 0873/24 (TITANIUM-TO-NITROGEN RATIO/ArcelorMittal of 03.02.2026)の中間決定のページ
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t240873ex1
4.EPOウエブサイト G1/24決定のページ“G 0001/24 (The description and any drawings are always referred to when interpreting the claims, and not just in the case of unclarity or ambiguity.) of 18.06.2025”
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/g240001ex1
5. EPOウエブサイト“Press Communiqué of 3 September 2026 concerning decision G 1/25 of the Enlarged Board of Appeal”

