韓国知識財産処が新たに公表した「AI時代の適正な特許出願ガイドライン」の概要と、主要国・地域の実務との比較
最近の生成AI[i]の急速な発展に対処するため、韓国知識財産処[ii]は、2026年6月9日、生成AIを活用した無分別な特許出願を防止して適切な特許出願を奨励するとともに、出願人が守るべき注意事項を提示する、「AI時代の適正な特許出願ガイドライン」を公表しました。今回のガイドラインにおいて韓国知識財産処は、主として、AIに一般的なプロンプト[iii]を入力して得られた成果物を、そのまま発明として出願した場合には審査官が拒絶理由を通知して、正当な発明者であることを証明する書類を出願人に要求すること、および、AI生成結果に関する虚偽の記載に対しては特許法上の刑事罰の対象になり得ることを明らかにしました。これらはAIを適正に使用して特許出願することへの知識財産処の認識を示したものと考えられます。
以下、今回公表されたその主な内容について紹介するとともに、生成AIを活用した特許出願に関する、日本、米国、欧州、中国の実務との比較に言及します。
I. 公表された「AI時代の適正な特許出願ガイドライン」の主な内容
本ガイドラインは、AIを用いた発明の特許出願過程で出願者が守るべき注意義務および特許取得に必要な要件を、以下のように概説しています。
1.AIを活用した発明は、特許登録のためには、人間が発明に貢献することが必要
韓国の特許法上、AI自体を発明者とすることができず、発明をした者又はその継承人のみが特許を受けることができます。この場合に正当な発明者として認められるためには、発明の創作過程に実質的に貢献していなければならず、単にAIに一般的なプロンプトを入力してその結果物によりそのまま出願する場合は、人間による実質的な創作的貢献が認められず、AIが実質的に発明をしたと評価される場合には、特許法第33条[iv]に基づく拒絶理由及び無効事由の対象となり得ます。
審査官は、審査過程においてAIの利用状況等から発明者の適格性に疑義が生じた場合には、審査官は特許法第33条に基づく拒絶理由を通知し、研究開発ノートや発明者確認書等、人間による発明への貢献を確認するための資料の提出を求めることができ、また、出願人(又は発明者)に面談を要請することができます。
2.AIが生成した結果を明細書等に記載する場合の留意事項
生成AIのハルシネーション[v]現象が現実には存在しない技術内容や虚偽の効果を生じさせる可能性があるため、出願人及び代理人は、明細書や意見書等の特許文書の作成過程で、AIが作成した内容の真実性や発明の実現可能性を十分に検討する必要があります。また、AIが生成した仮想実施例等は「AI生成実施例」であることを明確にし、実際の実験結果との混同が生じないようにしなければなりません。
AIを活用した医薬品や先端素材等の特許出願については、AIが提示した候補物質や効能を実験で確認せずに特許出願した場合、実施可能性違反の拒絶理由及び無効事由に該当します。AIが生成した実験結果を検証することなく実際に行った実験結果であるかのように明細書等に記載して特許を取得した場合には、特許法第229条[vi]に基づく虚偽またはその他の不正行為の罪等で処罰される可能性があります。
3.AI発明の類型別の特許要件
AI関連発明は次の3つの類型に分類されます。
(1)AI自体に関する発明
コンピュータプログラム自体は、自然法則を利用した技術的思想の創作に該当しないため、特許を受けることはできません。AI発明について発明の成立性が認められるためには、当該発明は、AIソフトウェアであるAIがプロセッサ、メモリ等のハードウェアと結合して特定の目的を達成するための具体的な情報処理を実行するものである必要があります。
(2)AI技術が構成要素として含まれる発明
AI技術がクレームされた発明の構成要素に含まれる場合、明細書の記載要件を満たすためには、技術的課題を解決するためのデータの前処理(pre‑processing)、学習データ、学習モデル、アルゴリズム等が、それらの技術的特徴に応じて明確に理解できるように明細書に十分に記載されている必要があります。また、当該発明の進歩性が認められるためには、データの前処理や学習モデル、学習結果の活用過程において独創的な特徴があり、先行技術に比べて予測以上の効果を生み出す必要があります。
(3)AIをツールとして活用して生まれた発明
AIを設計や探索のためのツールとして活用して最適な機械形状、設計図、新しい物質や用途等を見出した発明の場合には、実際の実施可能性や反復再現性について必ず検証した上で、明細書を作成する必要があります。
たとえばAIを活用して新規化合物を導き出した場合には、単に化学構造式を記載するだけでは不十分で、その化合物が実際に製造可能であることを示す実験データ等により裏付ける必要があります。特に、新規化合物の製造方法については、化学発明としての特性上、理論的予測だけをもって実際の実施可能性を確認することが困難であるため、具体的な製造手段及び方法を記載することが求められます。
医薬・バイオ分野では、AI生成結果やin-silico[vii]によるシミュレーション結果だけではなく、発明の効果を裏付ける客観的かつ信頼できる実験結果が必要となる場合があります。
4.AIを使用する場合の情報セキュリティの重要性
外部AIモデルに入力されたプロンプトやデータはAI学習データとして活用される可能性があり、その過程において企業の営業秘密や核心技術情報がAI企業のサーバーに保存されて第三者に提供される可能性があります。その結果、入力した発明情報が第三者に開示され、公衆に利用可能な状態となった場合には、特許出願前の公知化として新規性に影響する可能性があるため、AIを使用する前に、入力データが外部AIモデルの学習に利用されないようにユーザー環境を設定する等、情報セキュリティに注意する必要があります。
- 韓国のAI特許出願ガイドラインと主要国・地域の実務との比較
韓国知識財産処は、「AI時代の適正な特許出願ガイドライン」において、AIを活用した発明の適切な特許出願に関する留意事項を示しています。韓国以外の主要国・地域においても、AIの利用が発明の創出や技術開発に広く取り入れられる中、AIを利用した発明について、誰を発明者とするか、どのような技術的事項を明細書に記載する必要があるか、AIが生成した情報をどのように取り扱うべきかが重要な実務上の問題となっています。
以下では、「AIを利用した場合の発明者」、「AIを含む発明の記載要件・進歩性」、「AI生成情報の検証」、「出願時のAI利用に関する開示義務」という4つの観点から、韓国と日本、米国、欧州および中国との実務を比較します。
(1)AIを利用した場合の発明者について
韓国では、AI自体を特許法上の発明者とすることはできず、AIを利用した場合であっても、発明の創作に実質的に貢献した人間を発明者として扱う考え方が示されています。例えば、人間が技術的課題を設定し、AIの出力を評価・選択し、必要な改良を加えるなど、発明の完成に実質的な貢献をした場合には、その人間の関与が発明者の認定において重要となります。
日本でも、AIを利用した発明について、AIそのものを発明者とするのではなく、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した自然人を発明者とする考え方が基本となります。
米国においても、米国特許商標庁(USPTO)は、AIを利用した発明について、AIの利用の有無にかかわらず、従来の発明者認定基準を適用する立場を示しています。
欧州では、EPOの審査実務上、AI・機械学習関連発明についても、技術的性質及び技術的効果が重視されています。
中国でも、発明者は発明創造の実質的特徴について創造的貢献をした個人であることが明確化され、AIの名称を発明者として記載することは認められていません[viii]。
(2)AI関連発明の記載要件及び進歩性について
韓国のガイドラインでは、AI関連発明について、AIモデル、アルゴリズム、学習データ、データの前処理等の技術的事項を、発明の内容に応じて明確かつ十分に記載することが重要とされています。
日本では、特許庁のAI関連技術に関する審査事例において、発明該当性、進歩性及び記載要件について、AI関連発明に特有の事例が示されています。AIを利用していること自体ではなく、AIに関する技術的特徴や、AIの利用によって得られる技術的効果が重視されます。
米国でも、AI関連発明について、発明の内容に応じて、特許法第101条、第102条、第103条及び第112条に基づく判断が行われます。AIを用いたことだけで進歩性が認められるわけではなく、先行技術との関係で非自明性があるか、また、明細書が発明を実施できる程度に十分な説明を含むかが問題となります。
欧州では、AI・機械学習関連発明について、技術的性質及び技術的効果が重視されます。AIや機械学習のアルゴリズムが数学的方法としての性質を有する場合であっても、技術的目的に適用され、技術的効果に寄与する場合には、特許性の判断において考慮され得ます。
中国においても、AI関連発明について、技術的課題、具体的な技術的手段及び技術的効果を明確にし、当業者が発明を実施できる程度に明細書を記載することが重要となります。
したがって、韓国、日本、米国、欧州及び中国に共通して、AIを利用したこと自体ではなく、AIを利用して実現された技術的貢献、先行技術との差異及び発明の実施可能性が、特許取得の重要な判断要素となります。
(3)AI生成情報の検証について
韓国のガイドラインは、AIのハルシネーション等により、存在しない技術内容や実験結果が生成される可能性を踏まえ、AIが生成した情報を検証せずに出願書類へ記載することについて注意を促しています。特に、医薬・バイオ分野等では、AIが示した候補物質の効果や実施例について、実際の実験結果や技術的根拠が存在するかを確認することが重要となります。
日本、米国、欧州および中国においても、AIが生成した情報であることだけを理由として、特許出願における技術的事項の正確性や記載要件が緩和されるわけではありません。AIが生成した実験結果や技術的効果を明細書に記載する場合には、それが実際に確認された結果なのか、予測やシミュレーションによる結果なのかを明確にし、発明の実施可能性や特許性に関係する事項について適切な検証を行う必要があります。
この点で、各国・地域の制度は、AI生成情報について特別な信頼性を認めるのではなく、従来の記載要件、実施可能性及び手続上の誠実性に関する原則に対応しています。
(4)出願時のAI利用に関する開示義務
韓国のガイドラインは、AIを利用した発明について、AIの出力を適切に検証し、発明者の実質的な貢献や発明の内容を説明できるようにすることを重視していますが、AIを利用したという事実そのものについて、すべての出願人に一律の開示義務を課すものではありません。他方、AIが生成した仮想的な実施例や実験結果を明細書等に記載する場合には、それが実際に行われた実験に基づくものではないことを明確にする必要があります。したがって、AIの利用態様に応じて、特許文書に記載する情報の真実性・正確性を確保することが重要です。
ここでいう「AI利用の開示」と、AIが生成した情報の性質を明らかにすることとは区別する必要があります。今回公表されたガイドラインは、AIを利用したという事実一般について一律の開示を求めるものではありませんが、AIが生成した仮想的な実施例等については、それが実際の実験結果ではないことを明確にすることを求めています。
日本、米国、および欧州においても、AIを利用したという事実のみを理由として、一般的に特別なAI利用開示書を提出したり、明細書にAI利用の事実を一律に記載したりする制度が設けられているわけではありません。少なくとも米国では、USPTOがAI支援発明について、発明者がAIをどの程度利用したかについて追加的な開示義務を課すものではないことを明示しています。
中国についても、AIを利用したこと自体の一律の開示義務というより、AI関連発明の技術的内容を明確に記載し、特許法上の記載要件等を満たすことが重要となります。
[i] 生成AI(Generative Artificial Intelligence)は、あらかじめ学習したデータをもとに、画像・文章・音楽・デザインなどを新たに作成する人工知能(Artificial Intelligence)の総称です。
[ii] 韓国特許庁は、従前は産業通商資源部の外局として存在していましたが、組織再編により、2025年10月1日から国務総理所属の「知識財産処」へと昇格しました。
[iii] 生成AIの「プロンプト」とは、AIに特定のタスクや作業を指示するための「指示文」や「質問文」のことをいいます。
[iv] 韓国特許法第33条(特許を受けることができる者)は、次のように規定しています。
「①発明をした者又はその承継人は、この法で定めるところによって特許を受けることができる権利を有する。ただし、特許庁職員及び特許審判院職員は、相続又は遺贈の場合を除いては特許を受けることができない。
②2人以上が共同で発明した場合には、特許を受けることができる権利を共有する。」
[v] 「ハルシネーション(Hallucination)」とは、AIが事実とは異なる情報を、あたかも正しいことであるかのように自信を持って生成してしまう現象をいいます。
[vi] 韓国特許法第229条(虚偽行為の罪)は、次のように規定しています。
「虚偽若しくはその他の不正な行為により特許、特許権の存続期間の延長登録、特許取消申請に対する決定又は審決を受けた者は、3年以下の懲役または3千万ウォン以下の罰金に処する。」
[vii] “in silico”とは、コンピュータを用いてシミュレーションやデータ解析を行うこと、またはその手法の総称です。
[viii] 2026年1月施行の改訂「特許審査指南」において、中国特許庁自身が、発明者を「発明創造の実質的特徴について創造的貢献をした者」とし、AIの名称を発明者として記載できないことを明記しています。
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[情報元]
1.KIM&CHANGニュースレター「韓国知識財産処、『AI時代の適正な特許出願ガイドライン』を公表」2026.08.14
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=35405
2.AI時代における適正な特許出願ガイドライン(韓国語)
3.AI特許出願の実務に関する、日本、米国、欧州、中国の主な情報源
(1)日本:特許庁「AI関連技術に関する特許審査の事例について」(2024年3月13日)。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/ai_jirei.html
(2)米国:USPTO, “Revised inventorship guidance for AI-assisted inventions,” Nov. 26, 2025.
https://www.uspto.gov/subscription-center/2025/revised-inventorship-guidance-ai-assisted-inventions
(3)欧州:EPO, Guidelines for Examination in the EPO, April 2026 edition, G-II, 3.3.1 “Artificial intelligence and machine learning.”
https://www.epo.org/en/legal/guidelines-epc/2026/g_ii_3_3_1.html
(4)工業所有権情報研修館 国別・地域別情報:中国における「人工知能関連発明の特許出願ガイドライン(試行)」の解説(2026年2月10日)

