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MPFクレームが非侵害・不明瞭と判断されたCAFC判決

 CAFCは、ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームについて、原告が「機能-方法-結果テスト」の「方法」について十分に証明しなかったこと、および明細書が対応する構造を十分に開示していなかったことにより、地裁の非侵害の判断を支持しました。
① Traxcell Techs., LLC v. Sprint Commc’ns Co., Case Nos. 20-1852, -1854 (Fed. Cir. Oct. 12, 2021)(Prost, J.)
② Traxcell Techs., LLC v. Nokia Sols. & Networks Oy, Case Nos. 20-1440, -1443 (Fed. Cir. Oct 12, 2021)(Prost, J.)

1.事件の概要
 米国連邦巡回控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)は、以下の①および②を含む理由により、下級審による非侵害の略式判決を支持しました。
 ① 1つのミーンズ・プラス・ファンクション・クレーム(means plus function claim)について機能-方法-結果テスト(function way result test)の「方法」の要素を原告が証明できなかったこと
 ② もう1つのミーンズ・プラス・ファンクション・クレームを実行するための「方法」に対応する構成について明細書が開示を欠いていたこと

2.本件特許の内容
 Traxcell Technologies, LLC(以下、Traxcell社)は、同じファミリーに属する(同一の明細書および優先日を有する)4件の特許を保有しています。
  ・米国特許第8,977,284号(以下、284特許)
  ・米国特許第9,510,320号(以下、320特許)
  ・米国特許第9,642,024号(以下、024特許)
  ・米国特許第9,549,388号(以下、388特許)
 これらの特許のうち、3件(284特許、320特許、024特許)は、無線機器(たとえば電話機)とネットワークとの間の通信を改善するための「補正動作(corrective actions)」を行うための自己最適化ネットワーク(self-optimizing network: SON)技術に関するものです(以下、これら3件の特許を「SON特許」と称します)。また、残りの1件(388特許)は上記のSON特許とは異なるもので、無線機器の位置を、無線機器自体ではなくネットワークに判断させるという、ネットワークベースのナビゲーション技術に関するものです(以下、この1件の特許を「ナビゲーション特許」と称します)。

3.事件の経緯
 (1)特許侵害訴訟の提起
 Traxcell社は、複数の企業が上記の4件の特許を侵害しているとして、テキサス州東部地区連邦地方裁判所に複数の特許侵害訴訟を並行して提起しました。
 ① Traxcell社は、Sprint社(グループ会社を含む)およびVerizon社を、SON特許のいくつかおよびナビゲーション特許を侵害しているとして提訴しました(事件番号:No. 2:17-cv-00718-RWS-RSP)。
 ② Traxcell社は、Nokia社(グループ会社を含む)を、SON特許を侵害しているとして提訴しました(事件番号: Nos. 2:17-cv-00042-RWS-RSP, 2:17-cv-00044-RWS-RSP)。
 (2)地方裁判所の判断
 双方の事件において、下級判事(magistrate judge)は主張された特許のいくつかの共通のクレーム用語を解釈するとともに、SON特許のクレームが不明瞭であると判断しました。地裁判事(district judge)は下級判事の勧告を採用し、各特許について被告3社のすべてに非侵害の略式判決を下しました。
 (3)CAFCへの上訴
 Traxcellはこれを不服としてCAFCに上訴しました。

4.争点とCAFCの判断
 CAFCは地裁の判断を支持しました。地裁およびCAFCにおいては多岐にわたる争点が議論された結果、非侵害の結論になりました。SON特許は、ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームを含んでおり、今回のいくつかの争点の中で特にミーンズ・プラス・ファンション・クレームの侵害の有無と不明瞭さとが問題となりました。今回はミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの争点に絞って以下に説明いたします。
 (1)ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームについて
 米国特許法第112条(f)項の規定によると、組み合わせに係るクレーム要素は特定の機能を遂行するための手段または工程として記載することができる、とされています。このように要素を機能として表現したクレームをミーンズ・プラス・ファンクション・クレームといいます。さらに同項の規定によりますと、そのようなミーンズ・プラス・ファンクション・クレームは、明細書に記載された対応する構造、材料、または行為およびそれらの均等物を対象とするものとされます。
 すなわち、ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの権利範囲(文言侵害の範囲)は、クレームされた機能に対応する明細書の実施形態とその均等物に限定して解釈されることになります。このように文言侵害の成否を論じる場合の「均等物」は原則として、文言侵害に続いて論じられる「均等論」とはまた別の問題となります。
 またミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの機能に対応する具体的な構造が明細書に記載されていない場合には、米国特許法第112条(b)項の明確性要件を満たしていないとして拒絶または無効とされます。
 (2)第1のミーンズ・プラス・ファンクション・クレーム
 Traxcell社は控訴審において、SON特許に関するSprint社に対する非侵害の略式判決の付与に異議を唱え、Sprint社の被疑侵害技術には、機能-方法-結果テストの下に、明細書に開示された構造と均等の構造が含まれている、と主張しました。主張されたクレームは、284特許のクレーム12であり、以下のようなミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの限定を含んでいました。

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“means for receiving said performance data and corresponding locations from said radio tower and correcting radio frequency signals of said radio tower”
(前記無線塔から前記性能データおよび対応する位置を受信し、そして前記無線塔の無線周波数信号を補正するための手段)

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 ここで記載された機能は、「前記無線塔から前記性能データおよび対応する位置を受信し、そして前記無線塔の無線周波数を補正する」ことです。一審の地裁は、このミーンズ・プラス・ファンクションの限定に対応して明細書中に開示された構造は、当該特許における「非常に詳細な」アルゴリズムであると説明しました(284特許の図38-A、38-B、38-Cの3図および明細書第54コラム第21行から第55コラム第41行にかけて開示された不良診断/補正ソフトウェア2806の非常に詳細な動作説明)。
 CAFCは、ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの文言侵害の判断における「均等物」の判断基準として、均等論に関して判例法上確立されている「機能-方法-結果テスト」が適用されることを確認しました。機能-方法-結果テストの下では、ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの文言侵害には、被疑侵害品における対応する構造が、クレームに記載された機能と同じ機能を実行し、かつ明細書に記載されている対応する構造と同一または均等であることが要求されます(Applied Med. Res. Corp. v. U.S. Surgical Corp.,448 F.3d 1324, 1333 (Fed. Cir. 2006))。被疑侵害品における対応する構造が一旦特定されると、原告は、被疑侵害構造が本件明細書に開示された構造と同じ機能を、実質的に同じ方法で、実質的に同じ結果を伴って、実施することを証明することにより、開示された構造と均等であることを証明することができます。
 284特許において明細書に特定された構造は、上述のようにその機能のために必要とされる多数のステップを含む詳細なアルゴリズムです。しかしながらTraxcell社は、開示された構造に相当するアルゴリズムの少なくとも9つのステップ全体を、Sprint社の被疑侵害システムとの対比において特定することを怠り、単に一般化したレベルでのみ被疑侵害技術を議論しました。すなわちTraxcell社は「機能」と「結果」に焦点を当てることを選択しましたが、そのような結果を達成するための方法については省略して考慮しませんでした。このため、被疑侵害構造が明細書に開示された構造と実質的に同じ方法でクレームされた機能を実行すると結論づけるための証拠を提示しませんでした(See Kemco Sales, Inc. v. Control Papers Co., Inc., 208 F.3d 1352, 1364–65 (Fed. Cir. 2000))。このため、このミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの解釈は控訴審では争われることはなく、CAFCは一審の地裁の非侵害の認定を肯定しました。
 (3)第2のミーンズ・プラス・ファンクション・クレーム
 一審の地方裁判所は、SON特許の別のクレーム(284特許のクレーム1)が不明瞭であると認定しました。このクレームは以下のようなミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの限定を含んでいました。

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“means for receiving said performance data and suggesting corrective actions obtained from a list of possible causes for said radio tower based upon the performance data and the corresponding location associated with said at least one wireless device”
(前記性能データを受信し、前記性能データと前記少なくとも1つの無線機器と関連する対応する位置とに基づいて、前記無線塔に対する可能な原因のリストから得られた補正動作を提案する手段)

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 地裁は、「前記少なくとも1つの無線機器」がどの無線機器を指すのか明確ではないこと、および、明細書中にこのミーンズ・プラス・ファンクションの限定をサポートする十分な構造が開示されていないこと、を理由に不明瞭であると認定しました。
 Traxcell社は不明瞭さを治癒するためにクレーム1を補正(a certificate of correction of claim 1を提出)し、訴状を補正クレーム1に基づく主張に補正することを求めました。しかしながら、地裁はたとえ補正が、不明瞭さの第1の理由を治癒しても第2の理由には対処していない、と認定しました。補正後のクレーム1は依然として上記のミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの限定を含んでいました。
 Traxcell社は不明瞭さを治癒するためにクレームを補正することを求めたことが地裁で拒絶されたことに対して控訴審で異議を申し立てました。CAFCは、「明細書がクレームされた機能を実行するための十分な対応する構造を開示しなかった場合、ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームは不明瞭である」と説明し、したがって、どのようなクレームの補正もそのこと自体無意味になるであろう、と説明しました。
 CAFCは、Traxcell社がクレームに対応すると主張した構造としてのアルゴリズムは、それが「位置データに基づく補正動作」を開示しなかったため、不十分であると判断しました。Traxcell社は、位置データに基づく補正動作を提供するために位置データがどのように使用されるかおよび他の性能データがどのように使用されるか、ということについての明細書の説明に基づいて、必要な構造は開示されていると議論しましたが、CAFCは、このようなTraxcell社の「曖昧で不確かな」議論によっては説得されませんでした。CAFCはさらに、補正を行うために位置データが実際にどのように使用されたのかを明細書が説明していないことに留意しました。したがって、CAFCは、Traxcell社による補正を地裁が拒否したことに裁量権の濫用はないものと判断し、結果として地裁による非侵害の認定を支持しました。

5.実務上の留意事項
 ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの形式でクレームを作成する場合は十分に注意する必要があります。今回の判決でも指摘されているように、手段(means)に対応する構造が明細書中に明確に特定されていないと、クレームが不明瞭と判断され無効にされてしまう可能性があります。また権利行使しようとしてもクレームされた機能に対応する明細書に開示された実施形態とその均等物に限定されてしまうため、クレームの範囲は狭いものになりがちです。ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームを採用するのであればクレームされた機能に対応する構造として多様な変形例を開示しておくことが望ましいでしょう。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | October 21, 2021 “Means-Plus-Functions Claims: Don’t Forger the“Way””
② Traxcell Techs., LLC v. Sprint Commc’ns Co., Case Nos. 20-1852, -1854 (Fed. Cir. Oct. 12, 2021)(Prost, J.)CAFC判決原文
③ Traxcell Techs., LLC v. Nokia Sols. & Networks Oy, Case Nos. 20-1440, -1443 (Fed. Cir. Oct 12, 2021)(Prost, J.)判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊