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米国特許法第103条に規定する非自明性に関する新たなCAFC判決の紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、光増感剤を使用せずに可視光のみを使用して抗生物質耐性細菌を殺菌する方法に関する本件特許クレームの非自明性に関し、先行技術が光増感剤を使用しない成功した方法を開示しておらず、特許審判部(PTAB)が成功の合理的な期待を誤って認定したと判断して、当事者系レビュー(IPR)におけるPTABの決定を覆しました。
(University of Strathclyde v. Clear-Vu Lighting, LLC, Case No. 20-2243 (Fed. Cir. Nov. 4, 2021) (Stoll, J.))

1.事件の経緯
(1)背景
 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などのグラム陽性菌は、健康に悪影響を与えることが知られていますが、そのような細菌を殺菌する(または不活化する)効果的な方法は掴みどころがありません。光不活化は抗生物質耐性菌を殺菌する方法の1つであり、従来の光不活化は、光増感剤を使用し、次に光を使用して光増感剤を活性化する必要がありました。
 特許権者であるStrathclyde大学の科学者は、実験を通じて、400〜420nmの範囲の波長の可視(青色)光を使用した場合には、光増感剤を使用することなく、MRSAなどのグラム陽性菌の不活化に効果的であることを発見しました。
 本件特許クレーム(U.S. Patent No. 9,839,706)は、光増感剤を使用することなく、MRSA等のグラム陽性菌を400~420nmの波長範囲の可視光に曝すことにより、グラム陽性菌を不活化する点に特徴があります。
(2)IPRの請求
 Clear-Vu Lighting社は、Strathclyde大学の本件特許クレームに対して、新規性欠如および非自明性欠如を理由として、IPRを請求しました。
(3)PTABの最終決定における判断
 Clear-Vu Lighting社のIPRの請求に対して、PTABは、本件特許クレームの新規性欠如の理由については認めませんでしたが、以下の①および②の理由により、本件特許クレームは非自明性を有しないと判断しました。
 ①先行技術文献(AshkenaziおよびNitzan)の組み合わせが本件特許クレームのすべての限定を開示している。
 ②当該先行技術文献の組み合わせに基づいて、当業者は、光増感剤を使用することなく、波長407~420nmの波長範囲の光を用いてMRSAを不活化することに合理的な理由を有する。具体的には、本件特許クレームが不活化方法の詳細を特定していないため、Ashkenaziの教示(光量、照射回数、細菌の培養時間の増加がアクネ菌の不活化を増大させること)は、MRSAの不活化についての合理的な成功の期待を当業者に抱かせる。
(4)CAFCへの控訴
 PTABの最終決定に対して、Strathclyde大学はCAFCに控訴しました。

2.CAFCの判断
 CAFCは、以下の理由により、上記①、②の理由が誤りであると判断して、IPRにおけるPTABの決定を覆しました。
(1)PTABの上記①の理由の誤りについて
 Ashkenaziは光増感剤の存在下で培養したアクネ菌を407~420nmの波長範囲の青色光に曝して不活化することを教示している。Nitzanは光増感剤を使用することなくMRSAを407~420nmの波長範囲の青色光に曝す実施形態について教示しているがこの条件下で不活化が成功したことを示していない。そのため、AshkenaziおよびNitzanのいずれも光増感剤を使用することなく細菌を不活化することを教示も示唆もしていない。したがって、当業者がこれらの先行技術文献を組み合わせるときに光増感剤を使用することなく青色光に細菌を曝す理由が見当たらず、PTABもその理由については述べていない。結論として、PTABの認定は実質的な証拠によって裏付けられていない。
(2)PTABの上記②の理由の誤りについて
 AshkenaziおよびNitzanのいずれも、光増感剤を使用することなくアクネ菌、MRSAまたは他の細菌の不活化を成功することを示す証拠、データまたは有望な情報を当業者に提供しておらず、当業者がそのように合理的に期待する示唆も含んでいない。他の先行技術文献(Nitzan 1999)も光増感剤を使用することなくMRSAを400~450nmの波長範囲の青色光に曝した場合にMRSAの生存率の低下が見られないという失敗例を開示している。そのため、PTABの上記②の理由は、本件特許の教示に基づく後知恵のみにサポートされており、このような認定はOtsuka Pharm. Co.,v. Sandoz, Inc., 678 F.3d 1280, 1296 (Fed. Cir. 2012)でも述べたように妥当ではない。

3.実務上の留意事項
 米国特許出願の審査手続において米国特許商標庁(USPTO)から出願に係るクレームが非自明性を有しないとする局指令が発行されることが多いが、本裁判例によれば、以下の観点から当該局指令の対応案を検討することが有効かも知れません。
(1)クレームおよび先行技術の一致点、相違点の認定あたっては、先行技術にクレームに記載の構成要件がすべて記載されているか十分に確認する。本裁判例においては、クレームの構成要件の一部が先行技術文献に記載されていないことがCAFCがPTABの判断を覆した理由の1つとして指摘されている。
(2)先行技術の組み合わせによって米国のクレームの非自明性がないと判断された場合には、局指令に先行技術を組み合わせる理由が示されているか確認すべきである。本裁判例においては、PTABが先行技術文献を組み合わせる理由を示していないことがCAFCがPTABの判断を覆した理由の1つとして指摘されている。
(3)先行技術を変更または組み合わせてクレーム発明に到達するための理由がある場合、成功の合理的な期待があることを理由にクレームが非自明性を有しないとして拒絶されることがあるが(MPEP 2143.02)、失敗例を示すことにより、成功の合理的な期待の認定を覆すことができる可能性がある。
(4)クレームの非自明性を否定する根拠がクレームをサポートする明細書の記載である場合には、その旨を指摘することによって、当該判断を覆すことができる可能性がある。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | November 11, 2021 “Federal Circuit Makes Clear: Prior Failures in the Art May Demonstrate Non-Obviousness”
② University of Strathclyde v. Clear-Vu Lighting, LLC, Case No. 20-2243 (Fed. Cir. Nov. 4, 2021) CAFC判決原文
③ Manual of Patent Examining Procedure (MPEP) (Ninth Edition, Revision 10.2019, Last Revised June 2020) (https://www.uspto.gov/web/offices/pac/mpep/s2143.html#d0e210414

[担当]深見特許事務所 赤木 信行