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米国特許法101条拒絶応答の先延ばしパイロットプログラム

 米国特許庁は、最初の拒絶理由に101条(主題の適格性)の拒絶およびその他の拒絶が含まれている場合、主題の適格性の拒絶に対する応答のみの先延ばしを可能にする、新たなパイロットプロクラムを発表しました。

1.背景
(1)主題の適格性に関する米国特許法101条の規定について
 米国特許法101条は、「方法、機械、製造物若しくは組成物」を特許の対象とするものと規定していますが、たとえこれらの対象に該当するものであっても、「自然法則(laws of nature)」、「自然現象(natural phenomena)」、および「抽象的アイデア(abstract idea)」については、判例の蓄積による「判例法上の例外(judicial exception)」として、主題の適格性が否定されています。米国では、判例に基づいて規定されたUSPTOの審査基準にしたがって、主題の適格性があるかどうかが判断されています。
(2)今回の先延ばしパイロットプログラム発表に至る、過去の101条に関する判決(CAFC、最高裁)、ガイドライン(米国特許庁)の経緯
 (i)Alice最高裁判決(2014年)の影響
 ソフトウェア関連発明について、抽象的なアイデアであるため主題の適格性を欠くと判示されたAlice最高裁判決以降、特にソフトウェア関連特許について、「特許適格性なし」とされる傾向が強まり、それ以降の訴訟で数多くの特許が無効化されました。
 このAlice最高裁判決では、特許適格性を判断するための、次のような2ステップテストが提示されました。
 ステップ1:特許クレームが、判例法上の例外(judicial exception)としての「自然法則」、「自然現象」、「抽象的アイデア」のいずれかを対象とするかどうかを判断。
 ステップ2:これらのいずれかを対象とする場合、特許適格性を有しない主題を、特許適格性を有する応用(patent eligible application)に変換するのに十分な発明概念(inventive
concept)が、付加的要素としてクレームに含まれるかどうかを判断。
 このAlice最高裁判決の後、発明概念の存否を判断するための判断基準として、「クレームの構成要件あるいは複数の構成要件の組合せが、周知(well-understood)、型通り
(routine)、当業者にとってありきたりのもの(conventional)のいずれでもないこと」という基準が示されました。
 (ii)Berkheimer CAFC判決(2018年)
 この判決においてCAFCは、101条の特許適格性を有しないとの略式判決の求めに応じた地裁の略式判決を、Aliceのステップ2の要件に関連してクレーム要素が「周知で、型通りな、当業者にとってありきたりのもの」であるかどうかの判断は重要な事実問題であるから、当該クレームの特許適格性を略式判決で判断したことは不適切であったとして、当該略式判決を取消しました。
 このBerkheimer判決を受けて米国特許庁は、新たな審査ガイダンスを発行し、審査官に対して、「周知、型通り、または当業者にとってありきたりのもの」であることを立証するための証拠(文献にサポートされた証拠)の提示を求めています。この立証責任により、審査実務は、より具体的かつ客観的になり、特許出願プロセキューションの現場を大きく安定させるきっかけとなりました。
 (iii)米国特許庁による審査ガイドラインの発表(2019)
 米国特許庁は、包括的で非常に具体的な審査ガイドライン(下記情報元5参照)を発表しました。特に、このガイドラインは、審査官に対して、各構成要件単体ではなく、構成要件の組み合わせが「発明概念」であることを充足するかの判断を要求しています。これにより、客観的な審査が担保され、101条の拒絶が40%前後も減少したと言われています。
 (iv)今回の先延ばしパイロットプログラム(2022年実施)の発表
 クレームの新規性や非自明性の判断と、「周知、型通り、または当業者にとってありきたりのもの」であることの判断とが近づいてきたことから、審査の効率化に向けた提言が上院議員によって提出され、今回の先延ばしパイロットプログラムへとつながりました。
 すなわち、審査の初期の段階では、101条(特許適格性)については抽象的で分かりにくいため審査および応答が難しく、過剰な労力が費やされていると懸念されています。また102条や103条の拒絶を回避した結果、101条の拒絶も回避できるケースがかなり見受けられます。このような背景から、まずは、他の拒絶理由に関する応答ならびに審査を先に進め、101条が残ってしまった場合には、その後で101条に応答することをパイロットプログラムとして試行し、審査の効率性向上に関するデータを収集することになったものです。

2.パイロットプログラムの概要
(1)本パイロットプログラムの対象案件
 本パイロットプログラムの対象となるのは、仮出願を除く実用(utility)特許出願、および国内移行出願であって、最初のオフィスアクションにおいて、101条(主題の適格性)の拒絶および他の拒絶を含む案件に限られ、分割出願、継続出願は対象から除外されます。
 また、パイロットプログラムに参加している審査官の担当案件のみが対象となります。
(2)本パイロットプログラムの施行期間
 施行期間は2022年2月1日~2022年7月30日となっていますが、本パイロットプログラム運用中の、効果についての判断、管理に要する負荷、パブリックフィードバックの状況により、上記期間は延長または途中での打切りの可能性があります。
(3)手続きの要件
 このプログラムへの参加は招待制であり、2022年2月1日以降に発行される最初の拒絶において101条の拒絶と共に、審査官より、当該パイロットプログラムに参加するか否かの問合せが発せられます。参加しない場合には、従来通り、101条の拒絶に対する応答を提出することになります。
 パイロットプログラムに参加する場合には、応答期間内に所定のフォーム(PTO/SB/456)を提出し、拒絶理由のうちの101条の拒絶に対する応答を省略し、先延ばしにすることができます。101条以外の拒絶理由については、パイロットプログラムへの参加、不参加にかかわらず、全て応答する必要があります。
(4)本パイロットプログラムの効果
 出願の最終処分(特許査定および最後の拒絶を含む)まで、または、他の拒絶が全て解消するまで、101条の拒絶に対する応答を先延ばしすることができます。
 本パイロットプログラムの対象となる101条の拒絶は、厳密には、Aliceの2ステップテストのステップ1でクレーム発明が法定の主題に該当しない(すなわち判例法上の例外に該当する)ものと認定され、かつ、ステップ2において、クレーム発明が判例法上の例外を越えるような有意義な追加の構成要件を含まないと認定される場合とされています。米国実務上、このような拒絶においては、「発明概念」の存在を主張するこによって101条の拒絶の回避が可能になるケースが多く、「発明概念」の存在を主張する場合には、「当業者にとってありきたりのもの」でないかどうかが議論の対象となることが多いことから、102条や103条の拒絶が反論できれば、101条の拒絶も回避されることが想定されます。

3.本パイロットプログラムにおける審査、応答の具体例
本プログラムの理解を深めるために、官報(下記情報元4)には以下の具体例が説明されています。
 最初の拒絶理由が、①102条(新規性)の拒絶、②101条ステップ1の拒絶(クレーム発明が判例法上の例外に該当)、および、③ステップ2の拒絶(クレーム発明が法定の例外を越えるような有意義な追加の構成要件を含まない)という3つの拒絶を含む場合、それに対する応答として、次の3つの選択肢があります。
 選択肢1:102条(新規性)の拒絶に対してのみ応答し、②,③の101条の拒絶については先延ばしする(プログラム参加のためのフォームPTO/SB/456の提出が必要)。
 選択肢2:102条(新規性)の拒絶およびステップ1の拒絶に対してのみ応答し、ステップ2の拒絶については先延ばしする(プログラム参加のためのフォームの提出が必要)。
 選択肢3:上記3つの全ての拒絶に対して応答する(プログラムは不参加となる)。

4.審査官の対応
 101条(主題の適格性)に関する応答が先延ばしにされた場合であっても、審査官は、出願人の応答(例えば、自明性や不明瞭性に対するクレーム補正)が、当該自明性や不明瞭性だけでなく、101条に関する拒絶理由も解消するか否か検討することになります。そして、この検討結果が肯定的なものであった場合、特許査定が発行可能になります。

5.実務上の留意点
(1)他の拒絶がすべて解消して、101条の拒絶のみが残った場合には、それがnon-final Office Actionであっても101条の拒絶に対する応答が必要になります。また、101条の拒絶を含む最後の拒絶が出た場合、あるいはその後にRCEを提出する場合にも、応答が必要になります。
(2)このパイロットプログラムの先延ばしの効果は最後の拒絶までとされていますが、最後の拒絶が出たタイミングでは補正に制限が課されますので、このプログラムを利用する際には、最初の拒絶を受けた段階で、新規性や自明性の拒絶に対する補正に加えて、101条の拒絶に特有の補正が必要かどうかを吟味することが推奨されます。
(3)最後の拒絶の後に審判を請求する場合、審判自体は通常の処理が行われますので、101条の拒絶も含めて、全ての拒絶理由に対する反論を行なう必要があります。
(4)このパイロットプログラムに参加することで、査定系審判の審理を促進するパイロットプログラム(Fast-Track Appeals Pilot Program)などの他のパイロットプログラムへの参加が制限されることはないとされています。
(5)本パイロットプログラムへの審査官の参加は任意とされており、不参加の審査官が審査を担当する出願については、パイロットプログラムの利用はできません。
(6)パイロットプログラムに参加した場合、その参加の取り下げは認められません。その一方、参加した出願人が自発的に101条の拒絶に対する応答を提出すること自体は可能とされています。たとえば、上記(2)で述べたように101条の拒絶に特有の補正が最後の拒絶の後では困難になるような場合は、パイロットプログラムに参加した場合であっても、最初の拒絶に応答する際にすべての拒絶に応答することも考える必要があります。

[情報元]
1.WHDA NEWSLETTER January 2022「101条拒絶応答の先延ばしパイロットプログラム」(1-2-2022, 1-3-2022, 1-4-2022)編集責任者 中村剛(パートナー弁護士)
2.IP Update (McDermott Will & Emery, January 13, 2022) “PTO Proposes Deferred
Responses for Subject Matter Eligibility Rejections”
3.米国特許庁ウェブサイトより”Deferred Subject Matter Eligibility Response (DSMER) pilot program”
4.米国連邦政府官報”Deferred Subject Matter Eligibility Response Pilot Program”
           (A Notice by the Patent and Trademark Office on 01/06/2022)
5.米国特許庁ウェブサイト subject matter eligibility webpage.

[担当]深見特許事務所  野田 久登