国・地域別IP情報

「ミーンズ」という文言がない場合にMPFクレーム解釈が発動されないという推定を克服できなかったCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、無効を申し立てられたクレーム用語がミーンズ・プラス・ファンクション(means plus function: MPF)クレーム解釈を回避できるほど十分明確な構造を示していると理解されたであろうという証拠を地方裁判所が無視したことは誤りであったと認定し、地方裁判所がクレームはAIA改正前の米国特許法第112条第6段落(AIA改正後の同上第(f)項に対応)の規定に基づいて不明瞭であるとした第一審判決を覆しました。
Dyfan, LLC v. Target Corp., Case No. 21-1725 (Fed. Cir. Mar. 24, 2022) (Lourie, Dyk, Stoll, JJ.)

1.MPFクレームについて
 MPFクレームの解釈については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報(米国)」における2022年1月7日付配信記事「MPFクレームが非侵害・不明瞭と判断されたCAFC判決紹介」において解説いたしましたが、今回の訴訟案件の解説に入る前にその基本的な考え方について以下に再掲いたします。
 2013年1月14日に施行された、AIA改正後の米国特許法第112条第(f)項の規定によると、組み合わせに係るクレーム要素は特定の機能を遂行するための手段または工程として記載することができる、とされています。このように要素を機能として表現したクレームがMPFクレームです。さらに同項の規定によりますと、そのようなMPFクレームは、明細書に記載された対応する構造、材料、または行為およびそれらの均等物を対象とするものとされます。
 すなわち、MPFクレームの権利範囲(文言侵害の範囲)は、クレームされた機能に対応する明細書の実施形態とその均等物に限定して解釈されることになります。このように文言侵害の成否を論じる場合の「均等物」は原則として、文言侵害に続いて論じられる「均等論」とはまた別の問題となります。なお、米国特許法第112条第(f)項の規定は、AIA改正前の特許法第112条第6段落に記載されていたものと同じ内容です。
 またMPFクレームの機能に対応する具体的な構造が明細書に記載されていない場合には、AIA改正後の米国特許法第112条第(b)項の明確性要件を満たしていないとして拒絶または無効とされます。なお、AIA改正後の米国特許法第112条第(b)項の規定は、AIA改正前の特許法第112条第2段落に記載されていたものと同じ内容です。

2.本件特許の内容
 Dyfan, LLC(以下、Dyfan社)は、以下の2件の特許を保有しています。
  ・米国特許第9,973,899号(以下、899特許)
  ・米国特許第10,194,292号(以下、292特許)
 上記292特許は上記899特許の継続出願であり、これらの特許は、「モバイルデバイス用のロケーションベースのトリガーのためのシステム」に関するものであり、ユーザのロケーションに基づいてメッセージをユーザに配信する改良されたシステムを開示しています。
 たとえば、2件に共通の明細書は、その内部に異なる小売店舗を有するショッピングセンターのような特定のロケーション内にユーザが存在していることに基づいて、ユーザの特定の興味やニーズに合わせた情報をユーザに提供する通信システムを開示しています。例示的なシステムでは、固定されたロケーションに近距離の放送通信装置を有する建造物を備えており、この通信装置は、個々の装置の通信範囲内のモバイルデバイスにメッセージを配信します。モバイルデバイスは、配信メッセージを受信し処理するために「アプリケーション」または「コード」を実行します。サーバはインターネットを介してモバイルデバイスと通信し、ロケーションに特有の情報を提供します。
 これらの特許のクレームのいくつかは、上記のような「コード/アプリケーション」を備えた「システム」を規定しています。

3.事件の経緯
 (1)特許侵害訴訟の提起
 Dyfan社は、Target Corp(以下、Target社)が上記の2件の特許の様々なクレームを侵害しているとして、2019年2月28日にテキサス州西部地区連邦地方裁判所に特許侵害訴訟を提起しました。
 クレーム解釈手続中にTarget社は、Dyfan社が侵害を主張しているクレームはMPFの限定として解釈されるべき限定を含んでおり、明細書はこれらのMPFクレームの限定に対応する構造を開示しておらず、これらのクレームは不明瞭で無効である、と主張しました。
 (2)地方裁判所の判断
 第一審の地方裁判所は2019年12月19日にクレーム解釈のヒアリングを実施し、2020年11月24日にクレーム解釈命令を発行し、争点となっている「コード/アプリケーション」の限定および「システム」の限定は不明瞭であり無効であると結論付けました。
 クレーム解釈命令において地方裁判所は、上記の「コード」、「アプリケーション」、「システム」という3つのクレーム用語が米国特許法第112条第6段落の対象であると認定しました。「コード」および「アプリケーション」という用語については、地方裁判所は、対応する構造として「専用コンピュータ機能(special-purpose computer function)」を割り当て、コンピューターの機能に必要なアルゴリズムを明細書が開示していないことを認定しました。地方裁判所はまた、クレームに記載された用語「システム」は、十分な対応する構造を開示せずに純粋に機能的な文言(purely functional language)を記載しているため第112条第6段落の対象であり、記載された構成要素のどれが記載された機能を実行するのかが不明であると認定しました。地方裁判所は、これら3つのクレームに記載の用語はすべて対応する構造を欠いているため、明確性要件を規定する米国特許法第112条第2段落の下で不明瞭であると結論付けました。
 (3)CAFCへの上訴
 Dyfan社はこれを不服としてCAFCに上訴しました。

4.争点とCAFCの判断
 CAFCが以前の裁判例において述べたように、クレームの限定が「ミーンズ」という用語を含んでいなければ、クレームの限定はMPF形式で記述されていないという推定がなされます。クレームの無効を申し立てる者がその用語が十分に明確な構造を記載していないことを示した場合、そのような推定は克服することができる可能性があります。CAFCはまた、第112条第6段落のクレーム解釈のために、たとえ「ミーンズ」という言葉を使用していなくても特定の「言葉の上の構成物でしかないものを反映するその場限りの言葉」は、「ミーンズ」という単語を使用することに等しいと説明しました。
 本件訴訟の実質に目を向けると、CAFCは最初に「コード」および「アプリケーション」という用語を検討しました。これらのクレームに記載の用語に「ミーンズ」の文言がないことを考えると、Target社は第112条第6段落のMPFクレームの解釈を適用するためには、当業者であればクレーム全体を考慮して構造を暗示するようにはそれらの用語を理解しなかったであろうということを「証拠の優越の原則(preponderance of evidence:ある事実が「ないというよりはある」と言えるか否かで判断する米国民事訴訟における証明度に関する原則)」によって示すことが必要でした。しかしながらTarget社はそのようなことを証拠の優越によって示すことができなかったため、CAFCは地方裁判所が、Target社が第112条第6段落が適用されないという推定を克服したと結論したことに誤りがあったと認定しました。
 すなわち、CAFCは、地方裁判所が無視したTarget社の専門家証人からの証言であって反論されなかった証言に依拠しました。専門家は、「コード」および「アプリケーション」の両方の用語が既製のソフトウェアなどの構造を意味するだろうと証言しました。CAFCは、この反論されなかった専門家証言は、どちらのクレーム限定も純粋に機能的な文言を記載したものではないことを示していると認定しました。
 CAFCは、本件において地方裁判所が2018年のZeroclick v. Apple事件(891 F.3d 1003, 1007(Fed. Cir. 2018))での判決に従わなかったと説明しました。そのZeroclick事件では、裁判所は、「プログラム」および「ユーザーインターフェース」というクレーム用語の双方が発明の時点で先行技術に存在する従来のプログラムコードへの参照であると認定し、これらの用語の双方が第112条第6段落を発動させたという地方裁判所の認定を覆しました。CAFCは本件訴訟にも同じ論理的根拠を適用し、「コード」および「アプリケーション」の用語はMPF形式で書かれていないと結論付けました。
 最後に、CAFCは、「システム」という用語を「ミーンズ」の代わりとなるその場限りの単語と解釈すべきかどうかを検討しました。「システム」という用語は、単独ではその場限りの用語である可能性がありますが、CAFCは、問題のクレームにおいて「システム」という用語は、クレームのプリアンブルに記載されているシステムを前置語として指しており、このプリアンブルは、クレームされている「システム」が、建物、複数の通信ユニット、モバイルデバイスによって実行されるコード、サーバー、およびその他の構造を備えることを規定していると説明しました。CAFCは、「システム」が前述の「コード」構造に起因し得る特定の機能を参照していることを認め、どの構成要素が記載された機能を実行するのかクレームが特定していないという主張を却下しました。したがって、CAFCは地方裁判所の無効の判決を覆し、さらなる手続きのために地方裁判所に差し戻しました。

5.実務上の留意事項
 CAFCは、この訴訟の結果は、無効を主張されたクレームの強さや明瞭さに依拠したものというよりも、主として「ミーンズ」の文言を欠くクレームは第112条第6段落を発動させないという推定を、一審の被告であるTarget社が克服できなかったこと、すなわち第112条第6段落は適用されないと判断されたことに依拠したものであるということを明らかにしました。クレームのドラフトがお粗末であったとしても、「ミーンズ」という言葉がない場合にクレームが第112条第6段落を発動させないという推定を裁判所が回避することを認めるものではありません。用語が構造を暗示していないという証拠の優越によって証明する責任は被告にあることに留意する必要があります。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | March 31, 2021 “Not a Bullseye: Defendant Must Rebut Presumption That Claims Lacking “Means” Language Don’t Fall Under § 112 ¶ 6”
② Dyfan, LLC v. Target Corp., Case No. 21-1725(Fed. Cir. Mar. 24, 2022)(Lourie, Dyk, Stoll, JJ.)

[担当]深見特許事務所 堀井 豊