国・地域別IP情報

クレーム用語の単複の解釈を英文法の基本原則に則って行ったCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、異議を申し立てられた特許クレームにおけるいくつかの用語に関する特許審判部(PTAB)の解釈に誤りはなかったと判断し、PTABによる特許有効の決定を支持しました。
Apple Inc. v. MPH Technologies Oy, Case Nos. 21-1532; -1533; -1534(Fed. Cir. 2022年3月9日)(Moore, C.J.; Prost, Taranto, JJ.)

1.事件の背景
 MPH Technologies Oy(以下、MPH社)は、ネットワークを介して、第1のコンピューターから中間コンピューターを経由して第2のコンピューターにメッセージを転送する方法に関連する以下の3つの特許を所有しております。
 ・米国特許第9,712,494号(494号特許)
 ・米国特許第9,712,502号(502号特許)
 ・米国特許第9,838,362号(362号特許)
 これらの特許によれば、追加のカプセル化オーバーヘッドに依存することなく安全なメッセージ転送を提供することができます。
 MPH社は、これらの特許のクレームの侵害を主張してApple Inc.(以下、Apple社)をカリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所に訴えました。これに対して、Apple社は、MPH社の特許の当事者系レビュー(IPR)を申請し、MPH社のこれらの特許のクレームは、非特許文献(RFC3104)と米国特許第7,032,242号(Grabelsky)との組合わせから自明であるとして異議を唱えました。
 IPRでの手続中に、一連のクレーム解釈の争点が提起されました。PTABは書面による最終決定を発行し、Apple社はこれらの特許のクレームがRFC3104とGrabelskyとの組み合わせによって自明であるということを示すことができなかった、と認定しました。
 Apple社はIPRの決定を不服としてCAFCに上訴しました。

2.CAFCの判断
 Apple社は、PTABの決定を覆そうとして様々なクレーム解釈上の争点を提起しました。しかしながらCAFCは、Apple社によるクレーム解釈の主張をすべて却下し、MPH社の特許の異議が申し立てられたクレームはRFC3104とGrabelskyとの組み合わせで自明ではなかった、という審判部の決定を支持しました。本稿ではそれらの争点の中からクレーム用語の解釈に関するもので興味深いものを抽出して以下にご紹介いたします。
 (1)単語の複数形の解釈について
 ① PTABの判断
 PTABは、MPH社の494号特許の従属クレーム4における「情報フィールド(information fields)」という複数形で表現された用語は、「2つ以上のフィールド(two or more fields)」を必要とすると判断しました。Apple社が依拠したGrabelsky引例は「単一のフィールド(a single field)」しか開示していなかったので、PTABはもう一方の非特許文献(RFC3104)と組み合わせても本件クレームの限定を教示するものではないと判断しました。
 ② Apple社の主張
 Apple社はこのようなPTABの判断は誤っていると主張しました。Apple社は、複数形は「1つ以上の物(one or more items)」をカバーしていると推定されるので、「情報フィールド(information fields)」という複数形を用いた本件クレームの限定は、「単一のフィールド(a single field)」を使用する場合をも含む、と主張しました。Apple社はさらに、このような推定を克服するためには、「複数(plurality)」などの特定の単語を使用して限定事項が複数の物を必要とすることを明確にしなければならず、そのような特定の単語を使用していない本件クレームの「情報フィールド(information fields)」という限定は「単一の情報フィールド(a single information field)」をも含む、と主張しました。
 これらのことからApple社は、「情報フィールド(information fields)」という本件クレームの限定事項はたとえ複数形で書かれていても、「単一のフィールド(a single field)」を使用するGrabelsky引例によって教示されている、と主張しました。
 ③ CAFCの判断
 CAFCは、一般的な英語の用法は複数形の単語が2つ以上の物を指すことを前提としていると説明し、Apple社の主張を却下しました。CAFCは、「情報フィールド(information fields)」という用語は複数形でありしたがって1つよりも多い情報フィールド(more than one information field)を必要とすること、およびクレームの文言または明細書の記載にはそれ以外の解釈の根拠(たとえば複数形が1つの場合を含み得るものとして発明を広く解釈できるという明示的な文言)が何ら存在しないこと、に基づき、PTABによるクレーム限定の解釈に誤りはなかったと認定しました。
 (2)「置換(substitute)」という用語の解釈について
 ① PTABの判断
 PTABは、494号特許のクレーム2および362号特許のクレーム3の「前記中間コンピュータはさらに、暗号化されたデータペイロードを転送する前に、安全なメッセージから読み取った一意のアイデンティティを別の一意のアイデンティティで置換するように構成されている(the intermediate computer is further configured to substitute the unique identity read from the secure message with another unique identity prior to forwarding the encrypted data payload)」というクレーム限定における「置換(substitute)」という用語を、「単に追加するだけでなく、変更または修正する必要があるもの(require changing or modifying, not merely adding to)」と解釈しました。
 ② Apple社の主張
 Apple社はこのようなPTABの解釈に誤りがあると主張しました。Apple社は、「カプセル化されたデータパケットへの新しい外部IPヘッダーの追加を伴うトンネリング(tunneling which involves adding a new outer IP header to an encapsulated data packet)」を教示する非特許文献(RFC3104)に依拠し、「ヘッダーを追加(add)すること」は「ヘッダーを置換(substitute)すること」と同等であるため、非特許文献(RFC3104)はクレームの限定を教示している、と主張しました。
 ③ CAFCの判断
 CAFCはApple社の主張を却下し、本件明細書がトンネリングを利用した先行技術の解決策(たとえば、追加のカプセル化のオーバーヘッド)を批判していることを発見し、したがって、「新しいヘッダーを追加するという非特許文献(RFC3104)の開示はクレームで要求される置換を満たさない」とPTABが結論付けたことに誤りはない、と認定しました。
 (3)「修正(modify)」という用語の解釈について
 ① PTABの判断
 494号特許のクレーム9は、「前記中間コンピュータは前記モバイルコンピュータがそのアドレスを変更したときに・・・前記変換テーブルエントリーアドレスフィールドを修正するように構成され(the intermediate computer is configured to modify the translation table entry address fields … when the mobile computer changes its address …)」という限定事項を含んでおります。これに対してApple社は、非特許文献(RFC3104)において安全な承認を確立することは、このクレームで要求されるように新たなテーブルエントリーアドレスフィールドを「生成(create)」することを含んでいると主張しました。しかしながら、PTABは、変換テーブルエントリーアドレスフィールドを「修正(modify)」するということは、モバイルコンピュータがそのアドレスを変更するときに既存のアドレスフィールドを有していることを必要とするという理由により、Apple社の主張に同意しませんでした。
 ② Apple社の主張
 Apple社は、新しいテーブルエントリアドレスフィールドの作成を含むRFC3104が、「変換テーブルエントリアドレスフィールドを修正する」というクレーム限定を教示している理由として、このクレーム限定は純粋に機能的なものに過ぎず、新しいアドレスフィールドを含む異なるアドレスフィールドを備えたテーブルをもたらすどのような実施形態もカバーするものである、と主張しました。
 ③ CAFCの判断
 CAFCは、Apple社の主張を却下しました。CAFCは、「修正」はテーブル内の既存のアドレスフィールドを修正することが必要であり、かつ「修正」は、「モバイルコンピュータのアドレスが変更されたことを中間コンピュータが知ることができるようにモバイルコンピュータがそのアドレスを変更したときに」発生するものであり、このことは修正がなされる前のアドレスフィールドの存在を示唆しているという審判部の認定を支持しました。

3.実務上の留意点
 今回のCAFC判決においては、いくつかの英単語の用法が問題になりました(「単数(a field)」⇔「複数(fields)」、「置換(substitute)」⇔「追加(add)」、「修正(modify)」⇔「生成(create)」)。日本の実務家にとって英文明細書を作成する上で、単語の選択や単数複数の見極めは非常に重要な要素であり、権利の行使や防御に大きく影響します。その意味で今回の判決は、英語ネイティブの現地の実務家や裁判官がどのような解釈をするのかを示す非常に興味深いものでありました。特に単数複数の問題は、日頃から日本人には非常に悩ましい問題ではありますが、裁判官が文法の基本原則に則った解釈をされている(複数形は単数も含むという無理筋の主張を排除)ことは、我々日本の実務家は英文法に忠実な英文明細書の作成をすべきという非常に有益な示唆となり得ます。
 たとえば弊所ホームページの「国・地域別IP情報(米国)」における2021年2月12日付配信記事「CAFCは、クレーム解釈において文法を厳格に適用し、”a plurality of”というフレーズが、その後に続く一連の名詞の各々を修飾すると判断した」において紹介いたしましたCAFC判決においても、米国の裁判官が英文法の基本原則に拘った解釈をした結果、一審での巨額の賠償金の判決が覆ってしまったような事件も起こっています。日本の実務家としても正確な英文明細書を作成するためには、基礎となる日文明細書の作成段階で後の翻訳作業を見据えた慎重な用語の選択を行うことが重要です。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | March 17, 2022 “Count On It, Plural Term Means More Then One”
② Apple Inc. v. MPH Technologies Oy, Case Nos. 21-1532; -1533; -1534(Fed. Cir. 2022年3月9日)(Moore, C.J.; Prost, Taranto, JJ.)CAFC判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊