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譲渡人禁反言の原則適用の制限に関するCAFC差戻審判決

 連邦巡回控訴裁判所CAFCは、最高裁判所の差戻し判決を受けて、譲渡人が譲渡時に有効性を保証した発明の保護範囲に対して、譲受人が特許クレームを実質的に拡張しなかったと判断し、譲渡人禁反言の原則の適用は制限されないため、譲渡人による特許無効の主張は譲渡人禁反言の原則により禁止されるとの判決を下しました。
  Hologic, Inc. v. Minerva Surgical, Inc., Case Nos. 2019-2054; -2081 (Fed. Cir. Aug. 11, 2022)
 (最高裁の差戻し判決については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において、米国関連の記事として、下記URLにて2021年9月2日付で配信しています。)
       「譲渡人禁反言の制限を認めた米国最高裁判決」 https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/7061/

1.譲渡人禁反言の原則 (Doctrine of Assignor Estoppel)について
 「譲渡人禁反言の原則」とは、特許権の譲渡人が、譲渡の代価および特許発明を実施する権利の両方から不当に(二重の)利益を得ることを防止するため、一旦譲渡した譲渡人は、その後に、譲受人に対して当該特許の無効を主張できないという、公平性の観点に基づく原則を言います。
 この原則については、上述の最高裁差戻判決の記事にて、関連する最高裁判決の推移とともに、より詳細に記載しています。

2.最高裁差戻し判決に至る事件の経緯(上述の最高裁差戻判決の配信記事の記載と大部分が重複します。)
(1)譲渡された特許出願に基づく特許権の取得
 透湿性ヘッドを備えた治療器の発明についての係属中の特許出願が、Truckai氏(発明者)から彼自身の会社であるNovaCept社に譲渡された後、NovaCept社は2004年にCytic社に知的財産権を含めて買収されました。Cytic社は2007年に、製造メーカーであるHologic社に、やはり知的財産権を含めて買収され、したがって当該特許出願も、Hologic社に譲渡されました。
 その後Hologic社は、当該特許出願について継続出願を行ない、クレームの記載から「透湿性」の限定を除いた広いクレームで特許(以下、「本件特許」)を取得しました。
(2)連邦地裁への特許侵害訴訟の提起、およびCAFCへの上訴
 その後、Hologic社は、Truckai氏がNovaCept社を辞めた後に設立したMinerva社を、2015年に、特許侵害で連邦地裁に提訴しました。この訴訟においてMinerva社は、本件特許のより広い新たなクレームが明細書の記載と一致しないため、当該特許は無効であると主張しました。それに対して連邦地裁が、譲渡人禁反言の原則により、Minerva社の特許無効の抗弁は譲渡人禁反言の原則により禁止されるというHologic社の主張に同意して、Minerva社による特許侵害を認める略式判決を下したため、Minerva社はCAFCに上訴しました。
(3)CAFCの判決と、最高裁判所への上訴
 CAFCは、譲受人によるクレームを拡大する補正は、譲渡人禁反言の原則の適用を妨げるものではないとして、連邦地裁の決定を支持する判決を下しました。Minerva社はこれを不服とし、譲渡人禁反言の原則は廃止されるか、あるいは制約されるべきであると主張して、最高裁判所に上訴しました。
(4)最高裁判所の判断
 最高裁判所はまず、公平性の観点から譲渡人禁反言の原則は維持されるべきものであると判断した上で、公平性が問題とならない「一定の状況」下においては、譲渡人禁反言の原則の適用は制限されるべきであるとの判断を示しました。
 そのような「一定の状況」の一つとして、「譲渡人が、特許ではなく特許出願を譲渡する場合、譲受人がクレームを実質的に拡張する補正を行ない、拡張されたクレームが譲渡人が有効性を保証した範囲を超える場合」を挙げて、そのような場合には譲渡人による特許無効の主張は矛盾を生じないため、譲渡人禁反言の原則は適用されないと判断しました。
 そして最高裁は、「譲受人が特許クレームを実質的に拡張したか否か」について具体的な判断を行なうことを求めて、CAFCへ差し戻しました。

3.本件差戻し審におけるCAFC判決
(1)譲渡された特許出願および本件特許の、クレームについての補足説明
 以下に述べるように、本件差戻し審では、譲渡された時点での特許出願の特定のクレーム(クレーム31)と、本件特許クレーム1との、保護範囲の実質的な広さの比較が問題となりました。
 譲渡された特許出願のクレームのうち、装置発明に関する一部のクレームが組織から湿気を逃がすための「透湿性(moisture permeable)弾性部材」を記載しているのに対し、装置発明を記載した独立クレーム31は、そのような性質の部材を用いることを特定してはいませんでした。
 本件特許のクレーム1は、本件訴訟において特許権が主張されている唯一のクレームであり、Minerva社による当該クレーム1の無効の主張について譲渡人禁反言の原則が適用されるかどうかは、当該クレーム1が譲渡された特許出願のクレーム31よりも実質的に広いかどうかによって決まります。
(2)差戻し審における検討事項
 差戻し審においてCAFCは、次の2つの問題について検討しました。
 (i)NovaCept社が2004年にCytic社に特許出願を譲渡した際に、Truckai氏が当該特許出願のクレーム31の有効性を保証した(warranted)かどうか。
 (ii)譲渡されたの特許出願のクレーム31が、本件特許クレーム1よりも実質的に広い(materially broader)かどうか。
(3)CAFCの判断
 (a)CAFCはまず、Truckai氏が、譲渡した特許出願のクレーム31の有効性を保証したと結論付けました。その理由は、以下のとおりです。
 (i)譲渡された特許出願のクレーム31は、審査段階において、当初新規性なしとして拒絶されたが、Truckai氏がその許可可能性を主張することに成功したこと。
 (ii)その後、クレーム31は限定要求に応じてキャンセルされたものの、無効とされたわけではなく、後でクレーム31の主題についての特許取得のための手続きを行なうことが可能であったこと。
 (b)さらに、Truckai氏による特許出願の譲渡は、当該出願の権利だけでなく、まだ提出されていない、当該特許出願に基づく継続出願、一部継続出願または分割出願に関する権利をも含むものでした。譲渡に際して特許出願を提示する際、Truckai氏は、特許出願のクレームは特許性があり、有効な特許をもたらすという、彼の誠実な信念を暗に示す宣誓書に署名しました。
 この表明は、Truckai氏が審査官の新規性欠如の拒絶理由に反論し、拒絶回避に成功したこと、および、譲渡に際してTruckai氏が特許出願のクレームの有効性を保証したことにより、改めて確認されました。
 (c)当事者は、CAFCでの本差し戻し審において、争点の明確化のために、譲渡された特許出願のクレーム31が透湿性(moisture permeable)装置に限定して解釈された場合、本件特許のクレーム1はそれよりも実質的に広く、Minerva社による当該クレーム1の無効の主張は譲受人禁反言の原則により妨げられないことに、事前に同意していました。しかしながらCAFCは、以下の理由により、譲渡された特許出願のクレーム31が、本件特許のクレーム1よりも実質的に広いと判断しました。
 (i)譲渡された特許出願のクレーム31には、明示的な透湿性の限定はなく、クレーム31の記載を普通に解釈すると、水分不透過性の(moisture impermeable)装置を包含するのに十分広いものでした。
 (ii)またCAFCは、譲渡された特許出願の明細書の記載や審査の経過など内部記録(intrinsic record)に基づいて、透湿性は、特許出願の明細書の説明において単に好ましい特性であると記載されており、必須の要件ではないことから、クレーム31をそのような特性を有することに限定して解釈することは不適切であると判断しました。
 (iii)さらに、譲渡された特許出願のその他のクレームが透湿性を明示的に記載していることから、claim differentiationの原則(下記「4.補足コメント」の項目(2)をご参照下さい)によっても、クレーム1は透湿性を有する装置に限定して解釈すべきではないという結論を支持しました。言い換えれば、Truckai氏は、譲渡された特許出願のクレーム31において、透湿度に関する記載を含まないことにより、透湿性を有する装置に限定しないことを意図していたものと認定しました。
 (d)結論
 CAFCは、上述のように、Truckai氏が、譲渡された特許出願のクレーム31の有効性を保証し、当該クレーム31は本件特許のクレーム1よりも実質的に広い保護範囲を有するものと認定しました。その結果、最高裁の差戻し判決を踏まえて、「Minerva社が当該クレーム1の無効を主張することは、譲渡人禁反言の原則により禁止され、したがって、本件特許のクレーム1は無効ではない」という地裁の略式判決を支持しました。

4.補足コメント
(1)実務上の留意点
 (i)本件CAFC差戻し判決から、特許出願の譲渡に際しては、譲渡される特許出願のクレームの保護範囲を譲受人が拡大する可能性があることを考慮し、特許出願によってもたらされる特許権の有効性について譲渡人がどこまで保証するかを、慎重に検討するとともに、譲渡契約において明確に表明しておく必要があることが伺えます。
 (ii)さらに、本件判決では、一つのクレームが他のクレームよりも「実質的により広い(materially broader)」かどうかの解釈は、基本的に、特許出願の明細書の記載や審査経過などの内部証拠に基づいて行われることを明記しています。これは、1996年のマークマン連邦最高裁判決における、「クレーム解釈は法律問題(question of law)であって、裁判官により判断されるものであり、事実問題(question of fact)として陪審により判断されるべきものではない」という判旨に準拠するものです。
 ただし、2015年のTeva事件連邦最高裁判決において、「クレーム解釈は最終的には法律問題(question of law)であるから,控訴された際にCAFCはde novo基準(地裁判決を考慮せずに、審理を最初からやり直すこと)によりクレーム解釈を検討すべきであるが、クレーム解釈が外部証拠(専門家の証言や辞書、論文、文献等)に基づいた補助的な事実問題を含む場合、CAFCはclear error基準により、すなわち、明らかな誤りがない限り,地裁の判断を尊重して検討すべきである」との判断が示されました。
 したがいまして、クレーム解釈においては、外部証拠に基づく事実問題が無視しえないこともあり得て、そのような事実問題については、CAFCは控訴審において地裁の判断を尊重すべき場合があることを考慮する必要があります。
(2)上記「3.(3)CAFCの判断」の項目(c)(iii)で言及した「Claim differentiationの原則」について
 「Claim differentiationの原則」により、一つの特許の各クレームは、異なる保護範囲を有するものと推定されます。この原則は、従属クレームの一要件が独立クレームに読み込まれるべきかにつき当事者間に争いがあり、かつ当該要件が二つのクレームの唯一の意味ある差異である場合に適用されます(RF Delaware判決)。
 一方,claim differentiationの原則は、あくまで推定を生じるものであり、これは、当該原則による解釈が明細書や審査経過に基づく解釈と矛盾する場合には、反証され得ることを意味しますが、明細書や審査経過に基づくクレーム解釈がclaim differentiationの適用によって覆ることはありません。(主として下記「情報元3」を参照)

[情報元]

 1.McDermott Will & Emery IP Update | August 25, 2022 “Claim Cancelation Limits but Doesn’t Prohibit Assignor Estoppel Defense”
              https://www.ipupdate.com/2022/08/claim-cancelation-limits-but-doesnt-prohibit-assignor-estoppel-defense/
 2.Hologic, Inc. v. Minerva Surgical, Inc., Case Nos. 2019-2054; -2081 (Fed. Cir. Aug.11, 2022)CAFC判決原文
              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/19-2054.OPINION.8-11-2022_1990706.pdf
 3.パテント2017, Vol. 70, No.3「米国侵害訴訟におけるMarkmanクレーム解釈」
              https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/2754

[担当]深見特許事務所 野田 久登