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臓器移植診断方法の特許適格性を否定した地裁判決を支持したCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、臓器移植の拒絶反応診断方法のクレームに関して、従来技術による自然現象の検出に向けられているので特許適格性を欠くとした地裁判決を支持しました。この判断は診断特許に対するさらなる打撃となり得るものです。
CareDx, Inc. v. Natera, Inc., Case No. 2022-1027
CareDx, Inc. v. Eurofins Viracor, Inc., Case No. 2022-1028
(Fed. Cir. July 18, 2022) (Lourie, Bryson, Hughes, JJ.)

1.本件特許の説明
 スタンフォード大学は、臓器提供者(ドナー)のセルフリーDNA(cell-free DNA:以下、cfDNA)を検出する方法を使用して臓器移植状態を診断または予測することに向けられた3つの米国特許(第8,703,652号、第9,845,497号、第10,329,607号:以下、集合的に本件特許)を有しています。
 臓器移植において拒絶反応が発生するとき、臓器受容者(レシピエント)の体は、自然な免疫反応によってドナー細胞を破壊し、提供された臓器の死にかけている細胞からcfDNAを血液中に放出します。臓器状態の悪化に伴って自然に増加するドナーcfDNAのレベルを検出することは、臓器移植の拒絶反応の可能性を診断するため利用することができます。
 本件特許は共通する明細書を有しており、それぞれの独立クレーム1は、レシピエントにおけるドナーのcfDNAを検出する方法に関するものです。これらの独立クレーム1はすべて類似の方法を規定しており、基本的に以下の4つのステップ①-④を有するものとして要約することができます。
 ① “obtaining”or “providing”a “sample” from the recipient that contains cfDNA (cfDNAを含むレシピエントからのサンプルを取得または提供するステップ)
 ② “genotyping” the transplant donor and/or recipient to develop “polymorphism” or “SNP” “profiles” (移植ドナーおよび/またはレシピエントを遺伝子型判定して多型またはSNPのプロファイルを発展させるステップ)
 ③ “Sequencing” the cfDNA from the sample using“ multiplex” or “high-throughput” sequencing or performing “digital PCR” (マルチプレックスまたはハイスループットシーケンシングを使用して、またはデジタルPCRを実行して、サンプルからcfDNAをシーケンシングするステップ)
 ④ “determining” or “quantifying” the amount of donor cfDNA (ドナーcfDNAの量を決定するかまたは定量化するステップ)

2.訴訟の提起
 CareDx, Inc.(以下、CareDx社)は、これらのスタンフォード大学の3件の本件特許の独占的ライセンシーです。CareDx社は、本件特許が侵害されているとしてデラウェア州連邦地方裁判所に2つの訴訟を起こしました。1つは、Natera, Inc.(以下、Natera社)の腎臓移植の拒絶反応検査が3件の本件特許すべてを侵害したとしてNatera社を訴えたものであり、もう1つは、Eurofins Viracor, Inc.(以下、Eurofins社)の様々な臓器移植の拒絶反応検査が3件の本件特許のうち第8,703,652号を侵害したとしてEurofins社を訴えたものです。
 これに対して、Natera社およびEurofins社は、米国特許法第101条による特許適格性を有する主題の欠如のため、原告の訴えは法的原因が確立されていないとして、訴えを却下する申立(motion to dismiss the complaints)を地裁に行いました。

3.特許適格性の判断基準について
 米国特許法第101条の特許適格性については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報(米国)」における2021年11月2日付配信記事「コンテンツベースの識別子特許の特許適格性に関する米国CAFC判決」、2021年12月10日付配信記事「米国特許法第101条に規定する特許適格性に関する新たなCAFC判決の紹介」、2022年1月26日付配信記事「米国特許法101条拒絶応答の先延ばしパイロットプログラム」において解説いたしました。その基本的な考え方は概略以下の通りです。
 米国特許法第101条は、「方法、機械、製造物若しくは組成物」を特許の対象とするものと規定していますが、たとえこれらの対象に該当するものであっても、「自然法則(laws of nature)」、「自然現象(natural phenomena)」、および「抽象的アイデア(abstract idea)」については、判例の蓄積による「判例法上の例外(judicial exception)」として、主題の特許適格性が否定されます。このような特許の適格性を評価するために、Mayo事件最高裁判決(2012年)およびAlice事件最高裁判決(2014年)に基づいて採用されたMayo/Aliceの2パートテストでは、以下の2つのステップが実施されます。
 ステップ1:特許クレームが、判例法上の例外としての「自然法則」、「自然現象」、「抽象的アイデア」のいずれかを対象とするかどうかを判断。
 ステップ2:これらのいずれかを対象とする場合、特許適格性を有しない主題を、特許適格性を有する応用(patent eligible application)に変換するのに十分な発明概念(inventive concept)が、付加的要素としてクレームに含まれるかどうかを判断。
 Alice事件最高裁判決の後、発明概念の存否を判断するための判断基準として、「クレームの構成要件あるいは複数の構成要件の組合せが、当業者にとって周知(well-understood)、日常的(routine)、慣用的(conventional)のいずれでもないこと」という基準が示されました(Berkheimer v. HP Inc.,881 F.3d 1360, 1365 (Fed. Cir. 2018))。
 なお、Mayo/Aliceの2パートテストに関する特許適格性の審査手順については、米国特許審査便覧(MPEP)の第2100章「特許性」(第10版,R-10.2019,2020年6月25日施行)の「2106 特許主題の適格性 [R-10.2019]」に詳細に解説されております。

4.地裁での審理経過
 本件訴訟において第一審の地裁は、拙速な判決になることを懸念して被告による訴えの却下の申立を拒否し、当該技術において何が「慣用的」と考えられるのかに関する記録を充実させるために、当事者がディスカバリーを実行することができるようにしました。
 第101条の特許適格性に関する専門家のディスカバリーに続いて、Natera社およびEurofins社は地裁に対して、特許の不適格性に関する略式判決の申立(motion for summary judgement)を行いました。地裁は、クレームされた方法を実行するための技術が慣用的かどうかに関する事実上の争点が存在するとして、略式判決の申立を拒否しました。
 Natera社およびEurofins社は、地裁が略式判決の申立を拒否したこと対する中間控訴の認定の申立(motion for certification of interlocutory appeals)を行いました。地裁は当事者と協議した後、認定の申立で引用された判例を考慮してその決定を再考することに同意しました。
 地裁は再考の後、特許の不適格性に関する略式判決の申立を認めました。地裁は、主張されたクレームは自然現象の検出に向けられており、特に、移植レシピエントにおけるドナーcfDNAの存在の検出、およびドナーcfDNAと移植拒絶反応との間の相関関係の検出に向けられていると判断し、明細書中の多くの自認に基づいて、クレームは慣用的な技術のみを列挙している、と結論付けました。
 CareDx社は、これを不服としてCAFCに上訴しました。

5.CAFCの審理
(1)CareDx社の主張
 CareDx社は、Mayo/Aliceのステップ1について、特許にクレームされた進歩は、臓器の拒絶反応とレシピエントの血液中におけるドナーのcfDNAレベルとの自然の相関関係の発見ではなく、従来技術の不十分な測定手法よりも優れたものとしてクレームに詳しく記載した改良された測定方法であると述べました。CareDx社は、地裁がステップ1はステップ2と本質的に同じものであって、慣用的かどうかを中心に扱うものであると結論付けたことから、地裁はステップ1の分析を適切に実行しなかった、ということを付け加えました。CareDx社は、Mayo/Aliceを1つのステップで適用することについては法的な根拠は存在しないと主張しました。
 Mayo/Aliceのステップ2について、CareDx社は、ドナー固有のSNP (single nucleotide polymorphism)を特定し測定するためにデジタルPCRと次世代のシーケシング(NGS)を用いることは、発明性のあるブレークスルーであったこと、および本件特許は、この特定の有用な応用をクレームしていること、を主張しました。CareDx社はまた、地裁が最初に略式判決の申立を拒否したときに、地裁自身が、クレームされた発明が慣用的かどうかに関して事実問題に関する争点が存在することを認めていたことに注目しました。
(2)Natera社の主張
 Natera社は、CareDx社の主張されたクレームは自然現象の検出に向けられており、特に、移植レシピエントの血液中における臓器ドナーのcfDNAの存在の検出、およびドナーcfDNA上昇レベルと臓器移植拒絶反応との間の相関関係の検出に向けられていると応じました。Natera社は、クレームは、明細書が慣用的なものであると認めており、かつ明細書が既存の技術をそのまま用いることによって実行できることを認めており、収集および測定手法を用いてこの検出を行うことを記載したものであると付け加えました。このように、これらのクレームは、最高裁がMayo事件で特許適格性がないと認定した、および様々なケースで特許適格性がないと認定された他の診断方法のクレームと区別がつかない、とNatera社は主張しました。
 Natera社は、地裁はMayo/Aliceのステップ1を適切に適用しており、クレームにおいて「検出する(detecting)」という言葉を明白に使用していることと、同様の「検出」クレームに対処した判例法とに依拠して、クレームは自然現象に向けられていると結論付けたものであること、を付け加えました。Natera社は、さらに、地裁は、Mayo/Aliceのステップ1がステップ2と重複し得るということを認識していた、とも付け加えました。
 最後にNatera社は、本件の手続き上の背景が、地裁判決が肯定されるべきことを確認していると主張しました。Natera社は、本件訴訟の初期の段階において地裁は、記録を充実させる機会を当事者双方に与えることなく特許適格性の問題について解決しようとすることは拙速であると判断したことに注目しました。その後、地裁は、CareDx社の専門家証言および他の外部証拠は、明細書において自認されていることと矛盾しており克服することができない、と認識しました。Natera社は、地裁が略式判決の決定を再考したことは、地裁がこの争点を綿密にかつ徹底的に検討したことを示している、と指摘しました。Eurofins社は、これらのNatera社の主張を概ね繰り返しました。

(3)CAFCの判断
 CAFCは以下の理由により、Natera社に同意し、主張されたクレームは、臓器移植のレシピエントの血液中におけるドナーのcfDNAの自然現象を検出すること、およびそのcfDNAのレベル上昇と臓器移植の拒絶反応との間の相関関係を検出すること、に向けられたものであると認定しました。
 CAFCは、明細書が認めた収集および測定の技術を使用してそのような検出を行うことを記載したクレームは慣用的なものであり、既存の技術を変更することなく使用して実行できるものであることに同意しました。すなわち、地裁が認定したように、本件特許の明細書は明白に、本件クレームの各ステップで参照された技術は、「特に断りのない限り、当業者に周知の免疫学、生化学、化学、分子生物学、微生物学、細胞生物学、ゲノム科学、および組換えDNAの慣用的な技術である」と述べています。特に、明細書は、クレームされた技術についてそれらが慣用的であることを確認する言葉で満ちています。たとえば、本件特許の第8,703,652号の第9コラム第8-14行を参照すると、「ドナーに特定のマーカー(たとえばSNPのような多型マーカー)は、リアルタイムPCR、(中略)、並びに当該技術において公知の他の方法を用いて実行することができる」と述べられています(明細書中に同様の記載多数あり)。したがって、本件特許は、自然現象(ドナーのcfDNAのレベル、および臓器移植拒絶反応の可能性)を検出する慣用的な測定手法を提供しようとするものです。
 CAFCは、このクレームは、連邦最高裁判所がMayo事件で特許不適格と認定した他の診断方法のクレームと区別がつかないと判断しました。CAFCは、地裁がAlice/Mayoのステップ1を適用したこと、または地裁が同様の「検出」クレームが自然現象に向けられていると認定した判例法に依拠していること、に誤りはなく、2015年のIllumina v. Ariosa Diagnostics事件(これもcfDNA検出に関連)のCAFC判決で議論されたクレームと一致している、と認定しました。CAFCは、これらのクレームは、潜在的な拒絶反応の特定のための、身体サンプルの採取と、慣用的な技術(PCRを含む)を用いたcfDNAの分析と、ドナー臓器からの自然に発生するDNAの同定と、上昇するcfDNAレベルと移植臓器の健康状態との間の自然な相関関係の使用とに「要約」され、「同様に特許不適格」である、と判断しました。CAFCは、このいずれも独創的(inventive)とはみなしませんでした。
 CAFCはさらに、少なくとも慣用的であるかどうかの調査の観点から、Mayo/Aliceのステップ1とステップ2との間に重複がありえると指摘しました(CAFCは同様にして、慣用的かどうかをステップ1で繰り返し分析してきました)。

6.実務上の留意点
 米国において診断方法の特許を得ようとする場合、背景技術および技術水準について、特に、どのような方法および技術が知られておりかつクレームされた方法に適用できるかに関する分類または示唆については、ありきたりな技術であるとの安易な自認は控えるなどして、明細書の記載に最大級の注意を払う必要があります。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | July 28, 2022 “Standard Techniques Applied in Standard Way to Observe Natural Phenomena? Not Patent Eligible”
② CareDx, Inc. v. Natera, Inc., Case No. 2022-1027、CareDx, Inc. v. Eurofins Viracor, Inc., Case No. 2022-1028 (Fed. Cir. July 18, 2022) (Lourie, Bryson, Hughes, JJ.)CAFC判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊