国・地域別IP情報

テキサス州西部地区連邦地裁による移送申立の却下決定を覆し、移送の職務執行命令を発したCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、合衆国法典第28編第1404条(a)に基づく米国第5巡回区裁判所の新しい移送申立のガイドラインを適用する最初の職務執行命令(writ of mandamus)を発し、先例に倣って証人の便宜を図るために事件を移送しました。

In re Samsung Elecs. Co., Ltd., Case No. 2023-146 (Fed. Cir. Dec. 14, 2023) (nonprecedential) (Prost, Hughes, Stoll, JJ.) (per curiam)

 

1.事件の経緯

 DoDots Licensing(以下、「DoDots社」)は、Samsung Electronics Co., Ltd.およびSamsung

Electronics America, Inc.(以下、集合的に「Samsung社」)の携帯電話およびタブレットがDoDots社の3件の特許を侵害しているとして、テキサス州西部地区連邦地裁のWaco支部にSamsung社を訴えました。

 これに対してSamsung社は、訴訟をカリフォルニア州北部地区連邦地裁に移送するように申立を行いました。しかしながらテキサス州西部地区連邦地裁のAlbright判事は移送の申立を却下しました。Samsung社はCAFCに対して職務執行命令の申立を行い、訴訟をカリフォルニア州北部地区連邦地裁に移送するようCAFCがテキサス州西部地区連邦地裁に命じることを求めました。

 なお、弊所Websiteの「国・地域別IP情報(米国)」におきまして過去に「移送申立」や「移送命令」に関するCAFCの判決を取り上げてきました。ご興味のある方は以下の記事もご参照ください。

 ① 2021年5月20日付け配信記事「CAFCは、テキサス州西部地区連邦地方裁判所による移送申立の却下決定について、地方裁判所の裁量権の濫用はないとして支持しました。」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/6553/

 ② 2021年11月17日付け配信記事「テキサス州西部地区連邦地裁Albright判事による裁判地移送申立の却下決定がCAFCによって覆され、移送を命じる職務執行命令が発せられた事例」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/7457/

 ③ 2022年3月17日付け配信記事「地裁の移送判決について裁量権の濫用を否定したCAFC判決」
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/7830/

 ④ 2022年12月26日付け配信記事「CAFC判決紹介 テキサス西部地裁の移送申立」
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9061/

 

2.テキサス州西部地区連邦地裁の判断

 訴訟の移送に関してテキサス州西部地区に適用され得る第5巡回区の法律は、申立人が、移送先の法廷が移送元の法廷よりも「明らかに便利」であることを証明した場合にのみ移送を認めており、これは一連の私的および公益的要因を評価することによって決定されます。Samsung社はこれらの要因のうちの3つを反映して、以下のような主張を行いました。

 ① 侵害しているとされる機能を開発したチームは、カリフォルニア州北部地区および韓国に常駐していること。

 ② 重要な第三者証人は、カリフォルニア州北部地区では証言させることができるであろうが、テキサス州西部地区ではできないであろうこと。

 ③ テキサス州西部地区と訴訟のきっかけとなった出来事との間に意味のある関連性は存在しないこと。

 Albright判事は移送の申立を却下するに際し、証人の証言を強制する法的能力、および本件におけるカリフォルニア州北部地区の地元の関心、という2つの要因が移送に有利に働くことを認めました。しかし同判事はまた、特定の証人にとってテキサス州西部地区の方がより便利であること、およびテキサス州西部地区におけるDoDots社の同時係争中の関連訴訟が存在するということが、もしもこの訴訟が移送された場合に実務上の問題が生じるであろうことを意味すること、という2つの要因が移送に不利に働くと認定しました。同判事はさらに、残りの要因は中立であると判断しました。同判事はあらゆる要因を考慮した上で、Samsung社がカリフォルニア州北部地区の方が「明らかにより便利」であろうことを示していなかったと認定し、Samsung社の移送申立を棄却しました。

 

3.CAFCの判断

(1) 争点および結論

 CAFCの審理において提示された唯一の争点は、テキサス州西部地区連邦地裁が事件の移送を拒否するに際して、第5巡回区の法律の下で誤りを犯したかどうか、というものでした。CAFCは、テキサス州西部地区連邦地裁が移送に有利か不利かを認定した上記の様々な要因について改めて検討しました。その結果CAFCは、テキサス州西部地区連邦地裁は明らかに裁量権を濫用しており、事件をカリフォルニア州北部地区連邦地裁に移送しなかったことが「明らかに誤った結果」をもたらした、と判断しました。

 CAFCは、テキサス州西部地区連邦地裁が移送に不利に働くと判断した上記の2つの要因(特定の証人にとっての利便性、および関連訴訟の存在による実務上の問題)が、むしろ移送に有利に働くものであったと認定しました。以下、これらの要因に関するCAFCの見解ついて説明いたします。

(2) 第1の要因(特定の証人にとっての利便性)

 CAFCは、テキサス州西部地区連邦地裁が誤って「自発的証人(willing witness)」という要因が移送に不利に働くとの判断をしてしまった、と指摘しました。Samsung社は、自社のさまざまな企業体が、本件に関係する重要な情報を有する従業員としてカリフォルニア州北部地区に10名、韓国に20名を有していることを特定しました。これに対してDoDots社は、テキサス州西部地区おいて潜在的な技術証人や重要証人を提示しませんでした。それにも拘わらずテキサス州西部地区連邦地裁は、技術証人にとってカリフォルニアからテキサスへの追加の移動は「わずかな」不便にすぎないため、これは移送を決定する上でに不利に働くと判断しました。また、テキサス州東部地区にはSamsung社のマーケティング担当者が何人か常駐しており、そのような被疑侵害品のマーケティングや販売に関する情報を有するSamsung社の従業員にとってテキサス州西部地区は便利である、と認定しました。

 この主張は、最近のIn re TikTok判決(In re TikTok, Inc., 85 F. 4th 352 (5th Cir. 2023))において第5巡回区控訴裁判所によって拒絶された連邦地裁の主張を繰り返したものでした。In re TikTok判決の場合、第5巡回区控訴裁判所は、本件と非常に類似した事実に基づいて、韓国およびカリォルニア州の一部からの「関連証人の大多数」が、単にカリフォルニア州北部地区に移動することに比べると、テキサスにまで移動することは「多大な不便」であると認定しました。

 韓国およびカリフォルニア州北部地区にいる証人にとって訴訟をカリフォルニア州北部地区に移送することは移動の時間および不便さを著しく低減するものであり、技術的な重要な情報を持った証人がテキサス州西部地区にまで移動するこのようなレベルの困難さを、移送元の州に居住する非専門的な知識を持つ少数の従業員の移動の困難さが上回るものではありません。本件訴訟においてCAFCは、この要因について移送が有利に働くと判断しなかった点においてテキサス州西部地区連邦地裁は裁量権を濫用したと認定しました。

(3)第2の要因(関連訴訟の存在による実務上の問題)

 CAFCは、テキサス州西部地区連邦地裁が「実務上の問題」の要因が移送に不利であると認定したのは誤りであると判断しました。DoDots社は、テキサス州西部地区の他の2社(Apple社およびBest Buy社)に対するDoDots社の同時係属中の訴訟は移送の拒否を正当化すると主張し、テキサス州西部地区連邦地裁もこれに同意しました。しかし不思議なことに、テキサス州西部地区連邦地裁がSamsung訴訟の結果が出るまで1社(Best Buy社)に対する訴訟を保留しており、そしてSamsung社の移送申立を却下した同日に、もう一方の企業(Apple社)のカリフォルニア州北部地区への訴訟移送の申立を認めたにも拘わらず、テキサス州西部地区連邦地裁は同じ裁判管轄に事件が留まれば訴訟効率が改善されると認定していました。この裁判経過の記録からは、訴訟経済上の考慮事項が訴訟をテキサス州西部地区に留めることに有利に働くとの結論に対して何ら根拠をもたらさない、と判断し、CAFCは移送を支持しました。

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | December 21, 2023 “TikTok: Federal Circuit Follows Fifth Circuit, Transfers Case for Witness Convenience”

(https://www.ipupdate.com/2023/12/tiktok-federal-circuit-follows-fifth-circuit-transfers-case-for-witness-convenience/)

② In re Samsung Elecs. Co., Ltd., Case No. 2023-146 (Fed. Cir. Dec. 14, 2023) (nonprecedential) (Prost, Hughes, Stoll, JJ.) (per curiam) CAFC判決原文

https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-146.ORDER.12-14-2023_2238203.pdf

 

[担当]深見特許事務所 堀井 豊