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CAFCは、「モジュール」というクレームの要素をサポートするためには対応する構造が必要であると判示しました。

Rain Computing, Inc. v. Samsung Electronics Co., Ltd., Case Nos. 20-1646, -1656(Fed. Cir. 2021年3月2日)

1.事件の概要

 米国連邦巡回控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)は、クレームの要素が米国特許法第112条第6項の規定を発動するかどうかを判断するに際して、「モジュール(module)」という用語は非構造的な用語であり、米国特許法第112条第2項に基づく不明確性による拒絶を回避するためには特許明細書に十分な対応する構造が開示されることが必要である、と結論付けました。

2.事件の経緯

(1) 発明の内容

 Rainは、ネットワークを介してユーザー端末にソフトウェアアプリケーションパッケージを配信する方法に関する特許(米国特許第9,805,349号)を侵害したとしてSamsungを提訴しました。問題となっているクレームには、「前記1つまたは複数のソフトウェアアプリケーションパッケージのアクセスを制御するように構成されたユーザー識別モジュール(user identification module configured to control access of said one or more software application packages)」と記載された要素が含まれていました。

(2) 地方裁判所の判断

 一審の地方裁判所(マサチューセッツ州連邦地方裁判所)は、「ユーザー識別モジュール」は米国特許法第112条第6項の対象となるミーンズプラスファンクション(means-plus-function)の用語であると判断しましたが、明細書は用語が不明確にならないような十分に対応する構造を開示していると判断しました。地方裁判所はクレームは不明瞭として無効になることはないが、一方で侵害もされていないと判示しました。
 Rainは非侵害の判決についてCAFCに上訴しました。

3.CAFCの判断

 CAFCは新たに検討し直して、クレームの文言が米国特許法第112条第6項の規定を発動したかどうかを最初に取り上げました。CAFCは、第6項の規定は「ミーンズ(means)」という文言を欠くクレームには適用されないという反駁可能な推定があるものの、「モジュール」は構造を示すものではなく、「ミーンズ」のよく知られた代替物である、ということに着目しました。「ユーザー識別」という修飾語を含む他のどのようなクレーム文言もこの「モジュール」という用語に構造性を与えるものではありません。クレーム解釈の目的でも、明細書は、クレームされたユーザー識別モジュールに対して何ら構造性を与えていません。

 Rainは、権利化手続中の補正および審査官の議論は十分な構造性の証拠であること、および、審査官が注目したように、ミーンズプラスファンクションの用語は方法クレーム内に取り込むことはできないこと、を主張しました。CAFCは、ミーンズプラスファンクションクレームの要素を方法ステップ内に取り入れることはできないという審査官の陳述は、法律の問題として単に不正確であると指摘し、Rainの主張に同意しませんでした。このように、CAFCは、「ユーザー識別モジュール」は、ミーンズプラスファンクションクレームの用語であると認定しました。

 CAFCは、Williamson v. Citrix Online事件の2015年の大法廷判決(Williamson v. Citrix Online, LLC, 792 F.3d 1339, 1346 (Fed. Cir. 2015))を引用して、米国特許法第112条第6項に基づく用語の解釈に目を転じ、ほんの数週間前にSynchronoss Technologies v. Dropbox事件(Synchronoss Technologies, Inc. v. Dropbox, Inc., Nos. 2019-2196, 2019-2199, slip op. at 15 (Fed. Cir. Feb. 12, 2021))で使用したのと同じ2段階のプロセスを適用しました。[i]

 CAFCはこの2段階プロセスを適用して、最初のステップでは、機能が「ユーザーがサブスクリプションを持っているソフトウェアパッケージ・・・へのアクセスを制御すること」であるという地方裁判所の争われていない認定を単に使用しました。2番目のステップでは、CAFCは明細書における対応する構造を特定しようとしました。ここでCAFCは、明細書における構造は明確なリンクまたは関連がある場合にのみ対応すること、および、機能が汎用コンピューターによって実行される場合には明細書は実際のアルゴリズムも開示する必要があること、に留意しました。

 CAFCは、ストレージデバイスの開示が十分な構造を提供しているとの地方裁判所の認定に誤りがあると結論付け、そのようなデバイスは、特殊なソフトウェア(アルゴリズム)なしではアクセス制御機能を実行できない汎用コンピューターにすぎないと説明しました。Rainの特許明細書はそのようなアルゴリズムを開示しておらず、それなしでは「ユーザー識別モジュール」は十分な構造を欠いていました。したがって、CAFCは、クレームの要素が不明確であると判断し、本件特許の主張されているクレームは無効ではないとする一審の判断を覆し、Rainの控訴を棄却しました。

[情報元]McDermott Will & Emery IP Update | March 11, 2021
Rain Computing, Inc. v. Samsung Electronics Co., Ltd., Case Nos. 20-1646, -1656(Fed. Cir. 2021年3月2日)判決原文
[担当]深見特許事務所 堀井 豊

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[i] 弊所の「外国知財情報レポート2021-3月」の「8. CAFCは、クラウドストレージの3件の特許クレームについて、不明瞭なため無効であるかまたは非侵害であると判断した」をご参照ください。